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〜1〜

 遡ること2日前、夜の稽古が終わって当主に挨拶をした時だった。


「破門だ」


 頭を下げた日向に降って来た言葉に、最初は意味がわからなかった。

 当主は冗談を言う人間ではない。そして、稽古に関係が無い言葉は絶対に発しなかった。会話らしい会話は実のところこれが始めてだった。


「今日で終いだ。明日には出て行け」


 当主の顔からは感情が読めなかった。相手に悟られないように感情の波を消して面には決して出さないように、というのは日向も教えられたことだ。


「もっと強くなります」


 しかし、ようやく絞り出した日向の声は震えていた。

 抜き打ち試験だったら不合格だったが、当主は無駄に試すような真似はしないと日向はよく知っている。当主の言葉は紛れもない真実だ。


「稽古も増やします。ごめんなさい。絶対に今よりも強くなりますから」


 胸が詰まって喉が潰されるような感覚の中で謝罪の言葉を繰り返したが、当主は黙って道場を出て行った。


 夢であれ、と願ったまま混乱した頭で一晩寝て、目が覚めて夢ではなかったと絶望する。

 当主の自室に行って直談判するということも考えたが、一度言葉にしたことを撤回するはずがない。

 日向は部屋を出て、屋敷の玄関に向かった。全国に道場があり弟子がいるが、本家にいるのは当主と跡継ぎと、使用人が数人いるだけだ。日向がいなくなった後に新しい跡継ぎが来るのか、当主一人になるのか、日向にはわからないことだった。

 破門されたとはいえ、最後くらいいいだろうと正門を一歩出ると、そこには大荷物を持った御影が一人立っていた。


「おはようございます!!!」


 静謐な山の中で、御影の声は轟雷のように響く。

 実際、周辺の鳥は軒並み飛び立って行ったし、近くに潜んでいた大型の野生動物が木々をなぎ倒して逃げて行った。


「はい!これ持って!」


 御影は肩から下げていた大きなバックを日向の肩にかける。両腕で抱えられるサイズだったが荷物が詰まっていてそれなりの重さが圧し掛かって来た。


「今から山を下りれば、朝のバスに乗れますよ!これを逃すと午後ですからね!急ぎましょう!!」


 日向はまだ屋敷へ未練を残していたが、御影につられて歩き出した。

 御影というのは、本来は架帥の家に仕える人間の役職名だ。日向の前で、ちゃっかり日向よりも軽そうな荷物を持っている御影は、日向が本家の屋敷に来る前から日向に仕えていた。

 稽古以外の時間は殆ど一緒にいたが、当主以上に会話をしたことがない。毎日三食御影が出した食事を食べて、怪我をしたら御影が治療をしてくれて、御影が敷いた布団で寝るといった生活だ。

 だから、今御影の後に付いて行っているのも御影を信頼してのことではなく、御影の行動に付随するのが習慣になっていたからだ。

 出発しかけていたバスに乗り込んで1時間近く揺られ、最寄りの無人駅から電車に乗って数時間、ようやく2人以外の人間がいる駅に着いて電車を乗り換える。

 ボックス席で向かい合うと、御影は日向の鞄から重箱と水筒を二本、取り出した。水筒の1本にはお茶が、もう1本には味噌汁が入っていて、荷物が異様に重いのはこのせいかと日向は気付く。


「あと3回乗り換えます!絶対にはぐれないでくださいね!!あ!連絡が取れるようにすぐにスマホを買いましょう!!もし使えなかったら、らくらくフォンにしますから!大丈夫ですよ!!」


 御影は重箱のおかずを取り分けて日向に渡す。いつもの朝の食事の時間を大幅に過ぎていたが、昨夜の混乱から抜け出せていない日向は食事を忘れていた。食べ物を見てようやく空腹を思い出す。


「考えていることはわかりますよ……『我々は一体どこに向かっているのか?』そう不思議に思っていますね?」


 そんなことを思っていなかった日向は、御影の言葉を否定しようかと考えた。既に屋敷を離れてから数時間は移動しているのだから教えるつもりがあるのならもっと早く教えるべきだし、不思議に思っているのなら日向の方からもっと早く聞いておくべきだ。

 しかし、稽古以外で外出することの無い日向にとっては現時点で長旅だ。確かに疑問だと日向は素直に頷いた。


「本家を出た我等は、過去を捨てて新天地に羽ばたくんです!この意味がわかりますか?!」


「わからない」


「新しい場所に行くってことです!!」


「言葉の意味はわかってる」


「ならば話は早い!!新しい場所、新しい名前、新しいキャラで新生活を始めましょう!!!個性的な語尾を付けるなら今の内ですよ!!!」


「新しい名前?」


 嫌な予感がして日向が繰り返すと、御影は自分の鞄から生徒手帳を2冊取り出した。軽くて貴重な物は自分の鞄に入れているんだな、と日向は理解する。

 中にカード型の学生証が挟まれていて、日向の顔写真が入った方は「架帥 日向」と名前が入っている。

日向は架帥流に入ってからは番号で呼ばれていたし、本家に来てからは滅多に個人で呼ばれることはなく、当主と並んでいて区別が必要な時だけ御継様と呼ばれていた。だから、個人の名前が付けられると架帥に入る前のことを思い出して嫌な気分になる。


「変な名前」


「いいじゃないですか!名前なんて生まれた時以来ですよ!」


 御影の学生証には「架帥 みかげ」と名前が入っていた。

姓が同じだと家族か親戚のような扱いになるだろうと気付いて、日向はぞっとした。御影には世話になっているが、この喧しいみかげと仮でも血縁関係は持ちたくない。


「イントネーションはどうしましょうね!ゴジラかおくらか……あ!おくらと言ってもあれですよ!野菜の方じゃなくて万葉集の方ですよ!!田子の浦に~の方じゃないとゴジラと同じになっちゃいますから!!あ!それは山部赤人か!違う違う!」


 付き合っていられない、と日向は寝ることにした。

しかし、規則正しい生活を続けて来た日向に、稽古をした後の疲労回復のための昼寝ならともかく、数キロの山道を下りた後で寝ることなど不可能だった。

 昨夜も混乱していたとはいえ睡眠時間は通常と同じだけとっている。みかげも日向が起きていると分かっているから喧しく話し続けている。

 かくして、日向はみかげを無視し続ける地獄のような時間が始まった。

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