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〜6〜

 由羽とみかげが焼きそばパンを買って自習室に戻って来ると、日向と依乃里の姿は無かった。


「あれー?どこ行ったんでしょーね??」


 みかげは焼きそばパンを食べながら小さな教室を見回す。

 由羽は床に水筒のコップが落ちていることに気付いた。中身が零れて甘い匂いが漂っている。それが依乃里の物だと知っていた由羽は、彼女がやりそうな事をすぐに思い付く。

 そして、自習室に置いたままだったぬいぐるみの目が光っていることに気付いた。


「御父様」


『由羽』


 由羽が呼びかけるとぬいぐるみが応える。

 今までと同じ加工された電子音声だが、自動応答ではなく誰かが意思を持って返答をしていた。

 狩刃家当主だ、とみかげはすぐに気付いた。

 架帥と狩刃は友好的な関係を築いているが、それでも架帥の人間として狩刃家当主と対峙していることに警戒を強めていた。

 しかし、由羽にとっては単なる父親であり、久々の家族の会話をしようとぬいぐるみを抱き上げた。


「御父様。2人が何してたか、見てた?」


『ああ、部長が何か飲ませて架帥の子が倒れてたよ』


「そう。約束したのに……」


『部長は、何をしていたのかな?』


「ごめんなさい……御父様には内緒にしてって部長に言われてるの」


『そうかい。それは残念だね』


 狩刃家当主はそう言ったが、残念な様子はなかった。全てわかった上で、由羽が秘密にしているから知らないフリをしているだけのようだ。


『今、眠水が架帥を殺したら面倒なことになるから、止めた方がいい』


「うん、そうする」


 由羽が短く答えると、ぬいぐるみはぺぽん、と鳴って目の光が消えた。

 狩刃家当主との会話が突然途絶えるのはいつもの事で、由羽はぬいぐるみを抱えて自習室を出た。


「えー?!兄様、殺されちゃったんですか?!」


「多分、まだ大丈夫。こっち」


 由羽は廊下を出ると窓を開けた。そして、ぬいぐるみを両手で抱えたまま3階の高さから飛び降りる。由羽は音も無く着地するとそのまま走り出した。


「まだ大丈夫って、そんなに急がないとダメな感じなんですか?!」


 架帥本家にいたみかげも3階から無傷で飛び降りる程度の事はできる。

 しかし、一般学生として生活する中で架帥としてのスキルを使うことになるとは思っていなかったり

 少し目を離しただけで架帥本家にいた日向がそんなに危機的状況に陥るものだろうか、と疑問に思いつつ、みかげも飛び降りて由羽の後を追った。



 +++++



 当主候補から早々に脱落したとはいえ、依乃里は由緒正しい殺し屋眠水家の一人だった。

 意識を失った人間を担いで校内の隠し通路を通り、隠れ家である部室デルタにまで行き付くのは簡単なことだ。

 隠し通路の終着点である部室デルタの掃除ロッカーから出て、依乃里は日向を床に転がす。

 一口しか飲ませていないのに、日向は起きる気配はなかった。


「すごい効いてる……せっかくだし、ここで殺しちゃおっかな……」


 依乃里は寝ている日向を見下ろし、カッターナイフの刃をキチキチキチと出して考える。

 園芸部の水遣り当番が減るのは痛いが、ネオ眠水復興計画(略してNNK)を進める方が最重要事項だ。常時みかげと一緒にいる日向を殺すチャンスなど、この先訪れるかわからない。


「よし!そうしよう!」


 依乃里が元気よく決めた時、部室デルタのドアが開いた。


「部長」


「まッ、まだ殺してない!」


 由羽の冷たい声に、依乃里は慌ててカッターナイフを背中に隠す。


「兄様ー!!生きてますかー!!」


「寝てるだけ!!薬飲ませただけだから!!」


 依乃里は薬を混ぜた水筒の中身を見せた。中身を確認して、みかげはほっと安心した顔になる。

 

「よかった。昼寝の時に飲ませているのと同じです」


「そうなの?」


「これならすぐ起きます!これで夜寝コースだったら翌朝5時まで起きない所でしたよ!!誰が兄様を担いで持って帰るんですか!!!」


「それなら、殺しちゃえばいいでしょ。死体処理なら分家を呼べばすぐに来てくれるから……」


「部長」


 由羽が一瞬で依乃里と距離を詰めて壁に追い詰めた。

 そして、胸元から銀色のペンを出して依乃里の顔の真横に突き立てる。

 硬いコンクリートの壁が、まるで粘度で出来てるかのように深く突き刺さる。依乃里の顔面に刺さっていれば、貫通して後頭部から先端が見えていたのは間違いなかった。


「御父様から、お友達には優しくねって、言われてるの」


「は、はい……」


 由羽が静かに言って、依乃里が震えながら頷く。

 みかげは2人が見ていない内に、首から下げた笛を取り出して日向の耳元で吹く。

 普通の人間には聞こえない笛の音は、架帥流の試合開始の音だ。

 みかげが吹いた瞬間に日向は目を覚まし、一部の隙も無くなる。

 規則正しい生活で、日向の活動時間は朝5時から夜10時までと決まっている。しかし、非常時にそれ以外の時間でも動けるように、笛を聞いたら臨戦体制になるように躾けられていた。


「兄様、知らない人から貰った物を口にしてはいけませんよ」


「わかった」


 依乃里に一服盛られたと気付いた日向は、みかげの言葉に素直に頷く。

 頭に痛みを感じて触れると、倒れた時にどこかにぶつけたのか血が滲んでいた。


「兄様!!!鈍臭すぎますよ!!ドン・臭男じゃないですか!!」


「ドン・臭男?」


 みかげはぎゃあぎゃあと騒ぎながら血を拭って日向の傷を確かめている。

 日向が怪我をしたと気付いて、由羽の手に銀のペンがまた現れる。


「のんちゃん部長、私、あんまり眠水の分家の人に迷惑かけたくない」


「ひえぇ……」


 由羽の言葉は、その後の反省次第で依乃里の殺処分も検討していることを暗に意味している。

 由羽に本格的に怒られる前に、依乃里は日向の胸に顔を埋めて泣き出した。


「副部長がいじめるー!えーんえーん」


「殺そうとした相手に泣き付くんじゃない!!」


 みかげがもっともな事を言って依乃里を引き剥がそうとしたが、ここで離されると由羽から怒られると、依乃里は全力で日向に抱き着いた。


「くそぉ……兄様がロリ好きのせいで離そうとしない!!」


 日向は依乃里を由羽に引き渡そうと肩に手を掛けていたが、みかげが余計な事を言ったせいで妙な勘違いをされると気付いてすぐに手を離した。

 現に、由羽の視線が冷たくなっている。

 ふえーんと泣き続ける依乃里は明らかに嘘泣きだが、好きにさせておくことにした。

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