〜4〜
広い校舎をひたすら歩き、校庭の喧騒が聞こえないくらい敷地の奥まで行った所に特進クラスの教室はある。
一般クラスの校舎が昭和の趣を残して崩れた壁やひび割れた床も御愛嬌程度に残っているのに対し、特進クラスの敷地は近未来的な白い教室が余裕を持って並び、まるで先日竣工したばかりの新築に見えた。
「なんだか、明らかに差別されているような……まーいいですけどね!!」
「私たちは、通称村人クラス。他に芸能クラスがある」
「芸能クラス……???芸能人が通ってるんですか!!??」
「そう。でも、教室の場所すら謎に包まれている……あ、園芸部部長の眠水さんはいますか?」
由羽は通りかかった特進クラスの生徒に尋ねた。ぬいぐるみを抱えた他クラスの由羽に声をかけられて驚いた顔をしたが、由羽が来るのはいつものことなのか依乃里を呼ぶために教室に入って行く。
「兄様、芸能人って何かわかりますか??」
依乃里が出て来るのを待つ間、みかげは瞳を輝かせて日向に尋ねる。
日向はみかげが何故そんなに喜んでいるのか理解できないまま、あやふやに答えた。
「テレビに出てる人?」
「そうです!!兄様、芸能人で可愛いなーとかかっこいいなーって思う人、誰かいます??!!」
「いないし、テレビ見てない」
「もー!!せっかく部屋にテレビ置いたんだから、ちゃんと観てくださいよ!!!」
そんな話をしながら待っていると、教室から依乃里がぽてぽてと出てきた。
洗練された教室で周囲にIQが高そうな生徒が揃っている中で見ると、小柄な依乃里はより一層小学生に見える。
「どうしたの?水遣り当番、交代してくれる話?」
「ううん、日向が追試に引っかかった。だから、勉強会したい」
由羽が日向を示して言うと、依乃里は雷に打たれたように動きを止めた。
大きく目を見開いて、信じられない物を見るように日向を見て、アホ毛が直立している。
「う……、嘘でしょ?」
「嘘じゃないですよ!立派な赤点です!!」
みかげは無断で持って来ていた日向の試験結果を、持ち主の許可無く広げて見せる。
通りすがりの特進クラスの生徒達は、勉学の事には関心があるのか成績表をちらりと見て、点数の低さに憐れむような顔で去って行く。
全国でもトップクラスの優秀な学生が集まるこの場で公開するものではないな、と日向は考えたが、余計な事を言うとみかげがうるさくなって自分に注目が集まりそうだから黙っていた。
「校内模試No.1のあたしがいる部活で活動停止なんてあり得ない!書記、架帥のくせにバカなの?!」
「部長、そんなにヒドい言い方しないで」
由羽は興奮した依乃里を宥めるように日向と依乃里の間に入った。
そして、みかげが何時までも掲げている日向の成績表を閉じさせる。
「怒らないでね。部長は勉強に関しては自分にも他人にも厳しい」
「怒ってない」
「でも、食べ物に関してはすごく優しい。失敗しても食べてくれる」
「そうか」
「兄様、ロリに罵倒されて興奮したりしますか?」
「何とも」
「それは勿体無いですねー」
「気持ち悪い話するなー!だって、架帥流って言ったら国家が頼りにするくらいの武術で本業以外でも軽く数億円が動くって言われてるのに、村人クラス程度の試験で赤点って恥ずかしくないの!?」
「あーあー!眠水がそんなに言うから兄様、泣いちゃったじゃないですか!!!」
「眠水家当主に並ぶ存在がその程度の小物だとあたしの立場がないでしょ!!」
「あんたは当主じゃなくて当主候補で、しかもしっかり脱落してるじゃないですか!!初戦敗退が偉そうに喚かないでください!!」
喚く依乃里に負けない声でみかげが言う。
依乃里は廃業したとはいえ眠水家の一人としてプライドがあるらしい。
日向は一切泣いていなかったが余計な反論をせず、嵐が去るのを堪えるように、2人が静かになるのを待っていた。
「そんなに言うなら、あの事、公開する」
ぬいぐるみを胸に抱いた由羽が言うと、依乃里がピタリと黙る。
「あの事?」と日向とみかげはそろって疑問符を浮かべて由羽を見た。園芸部仮入部の日向は何も思い当たらない。
しかし、依乃里にとっては急所らしく突然静かになった。相当の切り札を出されたようで、血の気が引いて顔色が白くなっている。
「学校に報告するし、御父様にも言う」
「お、教えるのが嫌なんて言ってないし!あたしがいれば自習室使えるから!!なんでも教えてあげる!!」
「あの事って?」
日向は尋ねたが、依乃里が日向の質問を遮るように「ジュースもあげるから!!!」と一層大きな声を出した。