〜3〜
裏庭の手入れを一通り終えると、園芸部の活動は校舎内に移る。
定員20人程度の小教室に入ると、依乃里は部長の威厳を取り戻して教壇の上に立った。そして、由羽に腕を引かれるがまま席に着いた日向をびしりと指差す。
「書記、書きなさい」
「書記?」
いつの間に自分にそんな役職が付いたのかと日向が聞き返すと、依乃里はこくりと頷いた。
「当たり前でしょ。あたしが部長兼会計」
依乃里の言葉に続けて、由羽が自分を指差して頷く。
「副部長」
「この園芸部、殺し屋率高いですね」
なかなか聞かない言葉だと思いつつ、日向はみかげの呟きに頷く。
みかげは日向に着いて来て同じように席に座っていたが、園芸部に入部していない。自分が書記をやるのは順当かと日向は黒板の前に立ってチョークを手に取った。
「我等の喫緊の課題……それは、来週の活動報告会!いつものことだが、そこでオカ研との衝突は避けられない」
「おかけん?」
依乃里の言葉が文字に変換できず、日向は手を止める。
それは何だとみかげに視線で問うと、みかげは『入学のしおり』の『部活紹介(非公式)』のページを開いて渡してきた。
しおりによると、サバ高には学校に正式に認められていない非公式の部活動がいくつか存在している。オカルト研究部、略してオカ研はその内の一つ。
そして、オカ研の部活紹介に書かれている活動場所『東1-D教室』は今、園芸部が使っているこの教室だ。
「部室の取り合いってことですか?そんなに大層な教室にも見えませんが……?」
みかげが言う通り、東1-D教室は何の変哲もない小教室だ。教壇と黒板の他は机と椅子が並び、掃除用具入れのロッカーがあるだけ。通常の授業では使われていないのか、壁には授業に無関係な古いポスターや貼り紙が貼ってある。
校舎の1階にあり裏庭からすぐに移動できて便利だが、取り合ってケンカをする程の教室ではないように思えた。
みかげの無垢な様子に、依乃里はふふんと鼻で笑った。
「説明してあげましょう!!まず、この東1-D教室、通称デルタ」
「通称??わざわざ教室にお名前を付けてるんですか?」
「まぁ聞きなさい」
依乃里は教室の隅にあった校内地図を黒板に貼った。サバ高の広大な敷地に教師も生徒も迷子になる者が後を絶たないのか、どこの教室にもポスターサイズの校内地図が備え付けられている。
依乃里はまず東1-D教室の場所をぐるぐるとペンで印を付けた。
「ここ東1-D教室は、第3食堂と廊下一本で繋がっていて走れば2分で行ける。しかも運動部用のシャワー室も近い」
「のんちゃん部長、それ、油性ペン」
由羽が声をかけたが、気分が乗って来た依乃里の耳には届かない。
日向は書記の仕事が無くなったので、みかげの隣の席に戻って『入学のしおり』で第3食堂とシャワー室を調べた。
他の食堂は昼休みしか開いていないが、第3食堂は放課後も営業している。軽食やパンを購入できる貴重な場所だが、すぐに完売してしまうので注意と書かれていた。
そして、シャワー室は運動部以外でも使用できる。裏庭の水道と違ってお湯が出るし石鹸やタオルが準備されていて、土で汚れることが多い園芸部にとって有難い場所だ。
「そして、裏門にも近い!」
裏門はサバ校の中で数少ない出口。ここからだと遠回りして正門に向かうよりも簡単に学校から脱出でき、徒歩通学の日向には無関係だが駅にも近い。
依乃里は油性マジックの小気味いい音を立てながら第3食堂とシャワー室、裏門を線で繋いだ。
「この3点を結ぶと三角形ができるのだ!」
「な……なんだってー!!!!」
依乃里の言葉に、みかげは校舎中に響くのではないかと思うような声を出す。
異なる3点を結べば大抵の場合は三角形ができるのではないか。
と、日向は考えたが、特進クラスの依乃里に比べたら自分は算数が出来ないだろうし、書記の身分で口出しすることでもないと黙っていた。
そもそも、注目すべきは三角形が出来ることではなく、その三角形の中央に東1-D教室があることだ。
強豪運動部のように専用の部室が無い部活にとって、東1-D教室は校内のアクセスがよく、教師の目を盗んで学校から容易に脱出でき、誰でも欲しくなる教室ということだ。
「そんなにすごい教室なのに、弱小園芸部が使っているのは謎ですね?何人か殺したんですか??」
「まさか。使いたがる部活が案外少ないの。穴場を狙ったあたしの作戦勝ちってこと」
「そう。壁に人骨が埋め込まれてるって噂があるから」
由羽が呟いて、日向は教室の壁を見た。
先ほどから気にはなっていたが、教室の壁には不自然に古いカレンダーやポスターが貼られている。
まるで、壁の中に潜む何かを封じるお札のように。
「怖っ!!!園芸部ごときの手に負えませんよ!放課後の魔術師とか出てくる奴じゃないですか!!金田一少年に任せましょうよ!!」
「うるさい!三家の人間のくせに死体くらいで文句言うな!」
「都合の良い時だけ殺し屋ぶらないでください!!!」
「そこで書記兼外務大臣」
依乃里に指を差され、そろそろ帰ろうかと時計を見上げていた日向は視線を戻した。
「しれっと随分大層な職を兼務させましたね!!兄様に務まるはずがないでしょうが!!」
「入部テストよ。オカ研にこの教室を諦めるように交渉して来て。活動報告会っていう公の場で戦うのは面倒だから、事前の根回し。それが出来るまであんたは仮入部!」
「横暴ですよー!そういう対外折衝は部長が行くものでしょ!!??」
「あた、あ、あたしは特進クラスの補習があるの!それじゃあ任せたからね!」
そう言って依乃里は教室を飛び出して行く。
逃げられた、と日向は副部長の由羽に異を唱えようとした。
由羽は話に参加して来ないと思ったら、依乃里が校内地図に油性ペンで好き勝手に書いた線を何とか消そうとしている。
由羽の苦労している姿を見て、日向は何も言えなくなった。