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〜2〜

 由羽は依乃里を後ろから抱えると、両手で依乃里の頬を摘まんだ。

 依乃里は不服そうな顔をしていたが、女子の中では背の高い由羽に後ろに回られると高校生には見えない小柄な体はすっぽりと収まってしまう。


「のんちゃん部長。部員を殴っちゃ、ダメ」


「今はのんちゃんって呼ぶな、副部長!」


 依乃里は由羽に頬を揉まれている間に落ち着きを取り戻していた。部長の威厳を何とか保とうと、涙を拭って折れた木刀をしまう。

 日向は水遣りを再開しようとしたが、みかげがこの騒動の中でも変わらずベンチで寝ていることに気付いた。

 暖かい日の当たるベンチの上で丸まり、「ムニャムニャ……もう食べられないよ……」と手本のような寝言を呟いている。

 日向はホースを一旦脇に置いて、みかげを揺すぶった。


「な!?!?なんですか?!気持ちよく寝てたのに!!」


「あいつ、眠水だって」


 日向の記憶では、眠水は架帥と並ぶ三派の一つだ。本人がそう言っていたから間違いないだろうし、人体の急所を迷わず狙ってくる所からして殺し屋だというのも本当だろう。

 しかし、日向はその辺りの事は興味が無い。依乃里のテンションに付き合うのが面倒で、みかげが引き取ってくれないかと期待していた。

 しかし、みかげは顔を上げて依乃里を一瞥すると、すぐに興味を失って寝る体勢に戻る。


「嘘ですよ……前に現当主と次期当主に会ったことありますが、この子じゃなかったです。それに眠水家はしばらく前に廃業しました」


「当主候補と言ったの!だから嘘じゃない」


「廃業した一族の元・当主候補って何の価値もないじゃないですか。選ばれなくて分家に下った奴でしょう。こちらが相手にするほどの者じゃないですよ。無視してください」


 みかげの辛辣な言葉に依乃里は再び涙目になる。

 由羽がぬいぐるみの口に手を入れて煎餅を取り出し、泣きそうになっている依乃里に渡した。

 由羽の慣れた様子に、いつものことかと日向は水遣りを再開させる。

 そして、一通り終わらせた所で、自分が殺されかけたことを思い出す。


「なんで俺の命が要るんだ?」


「だって、眠水家の他二家を倒したら、あたしの優秀さを全国各地津々浦々一都一道二府四十三県に知らしめることができるから……」


「廃業したのに知らしめてどうするんですか?虚偽表示ですよ!」


「あたしは諦めていない!ネオ眠水復興計画、略してNNKを始めるの!」


 依乃里は熱く拳を握って言った。その燃える野望は日向には眩しいものだったが、大人しく寝ていたみかげが起き上がる。


「ダッサ!!当主の素質もなきゃネーミングセンスもないんですか??現当主を殺して乗っ取るくらいの気概を見せたらどうですか!!」


「そ、そんなこと言われても……廃業したら当主も殺し屋を辞めちゃったし……」


 殺し屋って廃業するのか、と日向は考えた。

 一応仕事なんだから様々な理由で廃業に追い込まれることもあるだろう、と1人で納得しているとみかげに腕を引かれる。


「兄様、これはまずいですよ!!」


 みかげは日向を引き寄せると耳に口を寄せて囁いた。

 しかし、声の大きさはいつもと変わらなかったため由羽と依乃里にも聞こえているし、距離が近い分、日向の耳へのダメージは深刻なものになった。


「今の兄様は本家を出されたとはいえ肩書は架帥流次期当主のまま。殺しておけばボーナスポイントがめっちゃ入る!!卑怯な有象無象に狙われる存在なのです!!!」


「みかげも、狩刃を殺せば架帥の地位が格段にアップとか似たような事を言ってた」


「忘れました!!そんなことよりも!!!兄様は名はあるのに守る者がなく超殺しやすい……回転寿司で例えるとサラダ軍艦のような存在なのですよ!!」


「回転寿司って何?」


「えー!!!そこからですかぁ??」


「ともかく、三家の均衡は崩れた」


 由羽から貰った煎餅を食べ終わった依乃里が静かに言った。

 由緒正しい殺し屋の家に生まれたというのは事実らしい。依乃里の声はそれほど大きくもないのに、みかげと日向は会話を止めて彼女を見た。

 依乃里はどこからか出した2本目の木刀を構えて日向の正面に立つ。


「己の立場を理解しているならば話は早い。貴様は眠水依乃里の礎になってもらう」


 日向は武道の試合を申し込まれた経験はあったが、殺し屋から殺し合いを挑まれたのは始めてだった。

 今までの依乃里の動きを見れば、彼女との力の差は明らかだ。どうすべきかとみかげを見ると、日向が引きそうにない事に気付いていたみかげは溜息を吐く。


「兄様、売られたケンカを買うのはいいですけど、校内で殺しは止めてくださいよ!!場所を変えるか半殺しかどっちかにしてください!!!」


「手加減無用!死体処理は眠水の分家が請け負っている。処理されるのは貴様の方だがな!」


「でも、園芸部に入ってくれるって」


 由羽が日向の入部届をぺらりと広げた。

 それを見た依乃里は動きを止める。代わりに頭頂部のアホ毛がひょこりと揺れた。


「え……本当に?」


「そう。今殺しちゃったら、水遣り当番がまた2人」


「う~ん……」


 しばらく迷った後、依乃里は木刀を下ろす。

 由羽から入部届を受け取ると、新入部員を逃すものかと懐に大切そうにしまった。


「仕方ない。あたしが卒業するまでは生かしておくことにする」


「兄様、即退部しましょうよ!!技術は全然足りてませんけど、こいつ、本気で殺そうとして来たんですよ!!」


 みかげの言う事ももっともだと思いつつ、日向は生き物のように動く依乃里のアホ毛を眺めていた。依乃里は表情を変えないが、代わりにアホ毛が部員が増えた喜びを表すようにひょんひょんと揺れている。

 珍しい生き物が世間にはいるものだ、と日向は宿主の依乃里も含めて感心していた。

 いくら言っても意に介さない日向を諦めて、みかげは依乃里を睨み付けた。


「よかったですね!ロリに免じて許してやるって言ってますよ!兄様が小児性愛症なことに感謝してください!!」


「このっ、ケダモノ……!」


 依乃里が木刀を再度構えて日向に向ける。

 日向はみかげが言っている意味はわからなかったが、何やら失礼な評価を下されたということだけは気付いていた。

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