助けてよ。この重くて、真っ黒くて、どろどろした心から
彼は脆かった。
「ああ……また、壊れた」
さっきまで甘い言葉を囁いていた唇は裂け、私を抱きしめていた腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。
好きだった顔は、もうない。
薄暗い部屋に転がるそれは、ただの肉塊だった。
彼は死んだ。そして、私を愛してくれなかった。
「クソ……!」
何十にもかけたはずのロックが外れ、血の匂いを嗅ぎつけたように、いつもの白衣の男が飛び込んできた。
彼は床に転がる『ソレ』と私を見て、絶望に顔を歪める。
「なぜだ。 なぜ貴様はいつも……!」
「なんで、どうしてみんな、私をちゃんと見てくれない?」
「化け物め……!」
「ひどいなぁ、私にはネグリュスト・メルヘンって名前があるのに」
「その名を呼ぶな! それはお前が殺した両親の___」
「死んだ人の名前出しちゃいけないなんてルールあるの?」
私は白衣の男の言葉を遮って、こてん、と首を傾げた。
「パパとママを殺したら、どうして人間じゃなくなるの?」
「___!?」
人は死だけが必ず約束されている。
誰が手を下そうが結末は同じで、この世界に意識を持つ人間は沢山いる。結局のところ、誰がやったのかではなくて、起こるか起こらないか。
男は絶句し、その目に明確な殺意を宿した。
私を殺し、この連鎖を断ち切らなければならない。
彼の顔にはそう書いてある。
「俺が……俺が、やらねば……」
「そうやって、みんな私のことを勝手に解釈して、勝手に絶望していくんだ人間は。都合が良いよね」
私が冷めた視線で彼だったものを一瞥した、その時。
「失礼するよ」
穏やかだが、有無を言わせぬ声が響く。
ひょろりとした、茶色のコートの男が、いつの間にか白衣の男の背後に立っていた。
「貴方は……!」
「その娘は私が引き取ろう。実に興味深い」
「何を言って……! こいつは危険だ! 人間じゃない!」
「いいや」
コートの男は、うっそりと笑った。
「これほどまでに『人間らしい』存在も珍しい。愛を求め、得られなければ壊してしまう。実に純粋じゃないか」
彼は私に向き直り、値踏みするように言った。
「君、名前は?」
「ネグリュスト・メルヘン」
「そうか。君はこれからどうしたい?」
この人は、違う。
白衣の男とも、今まで殺してきた誰とも違う。
私の『黒くてどろどろしたもの』を、美しいとでも言うかのように見つめている。
この人なら、私を愛してくれるかもしれない。
「愛が、欲しい。私だけの、愛が」
私の答えに、男は満足げに頷いた。
「よろしい。ならば僕が君に『本物の愛』を与えよう」
彼は手を差し伸べ、恍惚とした表情で告げる。
「君を僕の最高傑作にしてあげる」
お読みいただきありがとうございました。
ここ最近、私生活が目まぐるしく大変で(結構苦しかった)更新できていませんでした。申し訳ないです。
ただこれからさらに物語が盛り上がっていくのでよろしくお願いします。