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もう一人の転生者

 私は恩師である彼に質問したことがある。


彼は私と違い、生まれも育ちも恵まれたものではなかったが、地の底から這い上がってきた人物だ。


彼の飽くなき探究心は恐怖を抱くほどでもある。


「もし、今の貴方が……崩れ、壊れ、また一からの状態になってしまっても……生き続けますか」


私はそこにいる貴方に失礼な質問をしたと思う。

しかし、彼は私の質問に答えてくれた。


「富豪家達にも同じ質問をしてみるといい。私は彼らと同じ答えを持っている」


私は踵を返し、部屋から出ていこうとすると彼は自分の答えを教えてくれた。


「私は何度でも『はい』を選ぶだろう。それが『人生』だ」








〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 神の御座(ござ)は、血と硝煙の匂いに満ちていた。


天を衝く白亜の塔、帝国の心臓にして世界の支配を司る『神託の宮殿』。

その最上階にある玉座の間は、本来であれば清浄な祈りと絶対の秩序で満たされているはずの場所だ。


だが今、その神聖さは見る影もない。


磨き上げられた大理石の床には亀裂が走り、壁面を飾る壮麗なレリーフは無残に砕け散っている。


その破壊の中心に、一人の男が傲然(ごうぜん)と立っていた。


濡羽(ぬれば)色の髪を血で濡らし、漆黒の外套(がいとう)を纏ったその男、グレンベール・カルティ。


彼の足元には先程まで神威そのものを体現していた存在が光を失った骸となって転がっていた。

金と白銀で彩られた鎧は無惨にへし折られ、かつて神々しい光を宿していた瞳は虚空を見つめて凍りついている。


帝国が世界の守護者として君臨するための絶対戦力、『超越者』。


その一柱を、カルティは屠り去ったのだ。


「ハッ……!」


乾いた唇から愉悦に満ちた笑いが漏れる。


「案外、脆いものだな。玩具(おもちゃ)としては上出来だったが」


しかし、その勝利は決して無傷ではなかった。


グレンベールの体もまた、神罰の光によって幾重にも貫かれている。

外套の下では、おびただしい量の血が絶え間なく流れ落ち、彼の生命力を容赦なく奪っていた。

立っていること自体が奇跡に近い。


「そこまでだ、簒奪者(さんだつしゃ)グレンベール。いや、世界最悪の犯罪者」


氷のように冷たく、だが神聖さすら感じさせる声が破壊された広間に響き渡った。


見れば残る超越者たちが彼を半円状に包囲している。

その数、片手ほど。

一人一人が国家を容易に滅ぼしうる文字通り「理の外」に立つ存在。


彼らの神々しいまでの佇まいは目の前で同胞を殺されたというのに、微塵も揺らいでいない。

その瞳に宿るのは不浄なものを滅する絶対の使命感と、目の前の男に対する純粋な殺意だ。


「貴様の欲望もここで終わりだ。この世界は、貴様のような私欲の化身に弄ばれる玩具ではない」

「どれほどの血を流せば気が済む、破壊者よ。貴様の道には、ただ死体と悲鳴しか残らない」


超越者の一人がその手に光で編まれた大剣を構えながら断罪の言葉を紡ぐ。

彼らにとってグレンベール・カルティは理解不能な災厄であり、世界の秩序を乱す絶対悪でしかなかった。


その言葉をグレンベールは心底から楽しむように鼻で笑った。


「欲望?私欲?当然だろう。俺は俺のために世界が欲しい。美しいものも、醜いものも、善人も、悪人も、全てを俺の足元に跪かせ、俺の意のままに動かす。それの何が悪い?力が在る者が無い者を支配する。世界の根源にある、ただ一つの真理じゃないか」


彼の声には、一片の迷いもなかった。


「貴様らこそ偽善者だ。帝国の秩序だの、世界の平和だの、聞こえのいい言葉を並べ立てて結局は自分たちの支配体制を守りたいだけだろうが。俺は貴様らよりよほど正直だ」

「……貴様とは、永遠に分かり合えんな」


もはや言葉は不要。

超越者たちの全身から凄まじいまでの聖なるマナが立ち昇る。

それは純白のオーラとなって空間を圧し、グレンベールの存在そのものを世界から消し去ろうと脈動していた。


絶望的な戦力差。

満身創痍の肉体。

誰が見てもグレンベールの敗北は決定的だった。


だが彼の双眸(そうぼう)から、挑戦者の光が消えることはない。むしろ死を目前にしてその輝きは一層、純粋で凶悪なものへと昇華されていた。


「そうか。ならばくれてやる」


グレンベールは、ゆっくりと右腕を天に掲げた。


それはこれから始まる最後の祝宴を前に、指揮者がタクトを振り上げるような、優雅さすら感じさせる所作だった。


「俺が手に入れられない世界などいっそ無に帰してやる。貴様らも、偽りの神々も、そのくだらない箱庭も、全て道連れだ!」


彼の意思に呼応し、宮殿の天井が轟音と共に砕け散る。剥き出しになった空は急速に暗雲に覆われていき、掲げられた彼の腕に黒い火花が迸る。


それは瞬く間に凝縮され、世界中の闇と憎悪を練り上げたかのような、禍々しい黒雷へと姿を変えた。


空間が悲鳴を上げ、大地が震える。

彼の代名詞であり、幾多の軍勢、幾多の都市を地図から消し去ってきた禁忌の力。


終焉の黒雷(ラグナロクバロック)!」


最後の生命力を振り絞った咆哮と共に全てを喰らい尽くす黒い稲妻が解き放たれる。

それは巨大な竜巻となり、天と地を繋ぐ破壊の奔流となって超越者たちに襲いかかった。



対する超越者たちもまた神罰の如き純白の光を放つ。五つの聖なる光は一つに束ねられ、黒い破壊に真っ向から立ち向かう。


世界の中心で黒と白が激突した。



視界が、音が、思考が、全て白く染め上げられていく。




肉体が原子レベルにまで分解され、魂までもが灼かれるような激痛。だが、その中でグレンベールの意識は不思議なほどはっきりとしていた。


(結局、俺は世界を手に入れられなかったのか……)


手に入れるはずだった世界の玉座。

跪くはずだった愚かな民衆。

全てが今、光の向こうに消えていく。



悔しい。

ただ、ひたすらに、悔しい。

あと一歩だった。

あと一歩でこの世界の全てが、この俺の物になるはずだったのだ。


(だが……これで終わりじゃねぇ……)



薄れゆく意識の中、彼は呪詛のように呟いた。


(たとえこの肉体が滅び、魂が砕け散ろうとも、俺の欲望は消えない。必ず、必ずだ。もう一度、この世の全てを喰らい尽くしてやる……!)


それが世界最悪の犯罪者と呼ばれた男、グレンベール・カルティの最期の意思だった。



やがて純白の光が全てを飲み込み、彼の意識は完全な暗黒へと堕ちていった。





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