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理不尽


 この異世界で得た最初の確信は、セレスティーナという少女の異常性、そして彼女が支配するこの屋敷の特異性だった。


この家に居候を始めて二日が経つが、主である彼女の両親の姿を一度も見ていない。

まるで存在しないかのように、その気配すら感じられないのだ。


それはつまり、この広大な屋敷における一切の決定権が齢わずか十二歳の少女の手に委ねられていることを意味していた。


「今日の買い物には荷物持ちが三人は必要だ。至急手配しろ」

「このスープ、味がしない。料理長を呼べ」


幼い唇から紡がれる言葉は、絶対者のそれだ。

その傲慢さはかつて大陸に覇を唱えた覇王アシュレイですら、ある種の感心を覚えるほどだった。


だが、好都合だ。


この少女の傲慢さも、この巨大な屋敷も、全ては我が再起するための礎となる。


己の欲望を隠し、緻密に、大胆に。

この恵まれた環境を利用し、覇王としての確固たる地盤を再び築き上げてみせる。


まず必要なのは、力と、それを裏付ける情報。


この世界の理を知り、我が力を制御する術を学ぶには、その知識が集約される場所へ赴くのが定石。


ならば答えは一つ、『学校』だ。


四階建ての屋敷の三階、主の部屋に次ぐであろう一室が我に与えられた。

唯一の欠点は隣がトイレであることくらいか。

バルコニーから朝日を浴びるのは心地よい。


今日こそ、彼女に学校へ行きたいと告げる。


どう言いくるめてやろうかと思案しつつ部屋を出ると、長い廊下の先で、セレスティーナが数人の使用人を引き連れて優雅に歩いていた。好機だ。


「セレスティーナ。其方に要望がある」


声をかけると、彼女はぴたりと足を止め、面白そうに紅い瞳をこちらに向けた。


「ほう。なんだ」

「我には力がある。だが、未だ完全には制御できていない。この世界の理___魔法について学びたい」


予想通りの反応を期待した私に対し、彼女はくすりと唇の端を吊り上げた。


「その言葉を待っていた。私を侮らないことだな」


彼女が視線を送ると、傍に控えていた執事が恭しく一通の封筒を差し出してきた。


「これは……?」

「お前が通うことになる『アミュラス魔法学校』の入学証。お前が言い出すことなど、疾うにお見通しだ」

「……流石だな」

「当然だ。お前には、この退屈な世界を壊してもらうからな」


私と同じ十二歳。

だというのにその思考は年不相応に老成し、そしてどこか歪んでいる。

彼女には目的を成すための圧倒的な『力』、権力と財力がある。


どうやら私には勝利の女神が微笑んでいるらしい。




朝食を終え、純白で彩られた自室で渡された入学証を検める。


『アミュラス高等魔法学校』


記された説明によれば、王侯貴族や、傑出した才を持つ者のみが集う学び舎らしい。


そして羊皮紙の最下部に記された一文が私の目を引いた。


【注意:本校では毎年、複数名の退学者が出ております。自主退学の場合、当方での転校先の斡旋は致しかねますのでご了承ください】


面白い。


戦場とは、これくらい殺伐としている方が良い。

覇王アシュレイには、生温い揺り籠など似合わぬ。



コン、コン、コン。控えめなノックの音。


「なんだ」

「ベッドシーツの交換だ」


入ってきたのは、年の頃二十歳ほどの男だった。

他の使用人と同じ仕立ての良い制服を着ているが、この屋敷では珍しく無精髭をたくわえている。


「あいつの新しいお友達は、こんな無菌室がお好みか。いい趣味だな」


男は値踏みするように部屋を見回すと、悪びれもせず言い放った。


「貴様、名は」

「こっちの台詞だ。いきなりガキが一人増えるんだからな。こっちも迷惑してんだよ」


男は手際よく窓を開け放つと、懐から白い棒___煙草を取り出し、慣れた手つきで火を灯す。

その所作には妙な様式美があった。


「召使いの身で随分と不遜な態度だな」

「良いだろ別に。それとも何だ。お子様には、この紫煙が目に毒だったか?」


彼は紫煙を細く吐き出すと、まるで未練などないかのように燃えさしを窓の外へ弾いた。


「よく解雇されずに済んでいるな」

「されかけたことは何度もあるな。だが、生憎と顔だけは良い。あいつか、その母親にでも気に入られてるのさ」

「……面白い。貴様なら、色々と頼めそうだ」

「頼み事? 聞いてやるが、後で何をされるか覚えとけよ」


男は軽口を叩きながらも、その手際は神業の域にあった。シーツの交換など瞬く間に終わらせてしまう。


「ほう、見かけによらず器用なのだな」

「……見てたのかよ。暇なガキが増えただけ、か」

「貴様で良い。この世界のことを我に教えろ」


その言葉に、男の動きがぴたりと止まった。彼はゆっくりとこちらに歩み寄ると、ぐっと顔を近づけてきた。


「断る」


次の瞬間、彼の指が我の額を鋭く弾いた。

不意打ちのあまりに鮮やかなデコピンだった。



痛む額を押さえ、我は再びセレスティーナを探していた。


大広間の暖炉の前、豪奢な椅子に腰掛け、彼女は静かに書物を読んでいた。


「なんだ」


私の気配に気づくと彼女は本から目を離さずに聞いてきた。


「最悪の召使いがいるな。無精髭の」

「ああ、あの男か。顔だけが取り柄の屑だ」

「なぜあのような者を雇っている」

「さあ? 母の趣味かもな。私にはあのような男は反吐が出る……で、用件はそれだけか?」

「いや。学校にはいつから行ける」

「明日から。準備は不要だ。必要なものは全て、学校側で用意されている」


この周到さ。

やはりこの少女、私と同じ転生者ではないのか。

そんな疑念が頭をよぎる。


「当日の朝、朝食を済ませたらここに来い。共に馬車に乗るぞ」

「分かった」

「私は新しい服を見繕いに出かけてくる」


彼女が指を鳴らすと、どこからともなく現れた使用人たちが彼女が通る道の扉を先回りして開けていく。






自室へ戻る途中、廊下に立つあの男の姿を見つけた。壁に寄りかかり、ただ虚空を見つめている。


「楽な仕事だな。立っているだけで雇ってもらえるなんて」

「……今は脳を休めてるんだよ」

「それほど使う頭があるのか?」

「さあな」

気怠げな返事に興味を失い、自室のドアノブに手をかけた、その時だった。


「おい」


背後から静かな声がかかる。


「さっき、この世界のことを知りたいと言っていたな」

「ああ。それがどうした」


振り向くと男は相変わらず壁に寄りかかったまま、だがその瞳だけは昏く、射抜くような光を宿していた。


「この世界のたった一つの真理を教えてやる。ここはな」


彼はまるで世界の呪いを吐き出すかのように言った。


「どこまでも『()()()』にできてる」


なんだ。

私は思わず鼻で笑ってやった。


「馬鹿にするな。理不尽こそ、我が覇道の糧だ」





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