宝石精霊国物語 番外編【用心棒】
苦労人ウル × 無自覚ロア
「これはこれは、バラス公爵閣下。ご機嫌麗しく。」
「あなたは…」
ロアが王宮の廊下を歩いていると、中級貴族に声を掛けられた。
以前、ロアのことを"剣しか能のない姫"と陰口を言っていた貴族たちの内の一人だ。
しかし、ロアがブラックダイヤモンドの加護を受けていると知るや否や、手の平を返したように擦り寄ってきた。
「今夜、我が屋敷でささやかではありますがパーティーを催す予定でしてな。よろしければバラス公爵閣下にもぜひお越し頂きたく存じまして…」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら頬を紅潮させ、擦り寄る中級貴族にロアがどう答えようか思案していると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると、眉間に皺を寄せたウルがツカツカと音を鳴らしてロアのもとに向かって来ていた。
そして、ロアの手を取り自身の後ろに引き寄せると、中級貴族の前に立ちはだかる。
途端に青ざめた顔をして震えだした中級貴族が慌てて挨拶する。
「こ、これはこれはアレキサンドライト公爵閣下…」
「申し訳ありませんが、バラス公爵閣下は先約がありまして。これで失礼させて頂きます。」
吐き捨てるように冷ややかに言い放つと、ロアの手を取ったまま、くるりと踵を返し中級貴族のもとから離れる。
ロアは戸惑いながら付いて行った。
「ウル?どうしました、急に…」
「ロア、アイツの顔を見て何か不審に思わなかったか?」
「不審?いいえ。」
きょとんとするロアにウルは頭が痛くなった。
戦いや剣術に関することになると聡いくせに、色恋沙汰になると途端に鈍くなるロアにウルは頭を悩ませてきた。
ゔーと唸り頭を抱えるウルにロアはますます怪訝な顔をする。
「さっきの奴は!ロアを屋敷に連れ込んで良からぬことをしようと企んでいたのだぞ!」
「良からぬこと?そうだったんですか?」
あまりの返答にウルはとうとう絶句した。
よく今まで俺のいないとこで平気でいられたな…と思ったらハルの顔が頭をよぎった。
あの柔和な雰囲気の国王陛下は、かなりの義妹バカだ。
こんなフワフワで貞操の危機管理が赤子レベルのロアを放っておくはずが無い。
ウルのいないところではハルが睨みを効かせていたのかもしれない。
その場合、相手が生きてるかどうか不安だが。
「とにかく、さっきみたいな変な誘いには迂闊に乗らないこと。アイツにはもう二度と近寄るな。」
(二度と近寄るなというより、ロアに二度と近寄らせないように手を打たないとな…)
下級貴族や中級貴族の中には、ロアに近付き婚姻を企み成り上がろうとする者もいる。
「分かりました。」
ロアは理解したのかしてないのか不明な顔で頷いた。
ロアは自身の容姿にてんで無頓着で、これだけの美貌の持ち主にも関わらず自覚が全く無い。
ブラックダイヤモンドの加護を受ける以前だって、下心のある家臣やら貴族たちに言い寄られていたのにそれでも自覚なし。
これはもはや手の施しようが無いのでは…と思いかけたが、そんな色恋事に世間知らずところが何だかんだ可愛くて庇護欲をくすぐるのだ。
「よし。そうだ、これからクロウが作ったクッキーを食べるんだ。苺のジャムがたっぷり乗ったやつ。ロアも一緒にどうだ?」
「クロウのクッキーって絶品だと噂のあれですか?ぜひ頂きます。」
食べ物のことになると途端に目を輝かせるロアにウルは思わず吹き出した。
そんなウルをきょとんとした顔で見るロアを愛おしいと思いながらウルは部屋への道を急いだ。
***
「ありゃあ、ウルはこの先相当苦労するねぇ…」
「でも鈍感なところがロアの可愛いところじゃないのよぉ。」
「あの中級貴族、見つかったのがウルで命拾いしましたね。もしハル陛下だったら今頃…」
見守り隊の3人は壁からこっそり一連のやり取りを見ていたのだった。
ちなみに、
ハル、ウル、ロア → 20歳
ネレア → 24歳
クロウ → 21歳
テオ → 17歳 くらい。