家族との朝食
転生してから三ヶ月が経った頃、トウはメイドのメリアに抱かれて広間へと連れて行かれた。というのも三ヶ月といのは彼がいた世界、地球での考え方である。転生してから意識があったのでその時から日が登って落ちるというのが30回で一ヶ月と計算し、それが3回。つまり三ヶ月という計算である。
この三ヶ月はあたらしい世界での体験ばかりだった。いや、そうなると思っていた。しかし実際にはそうではなかった。そもそも彼の精神年齢自体は20代ではあるが転生した身体自体は赤子である。一日の流れとしては基本的にゆりかごの中で過ごす生活がほとんどであった。たまにメイドに抱かれて家の中を散歩することはあってもすぐゆりかごの中へ戻された。まあ家柄的にも大切な息子として育てられている感覚はしたが、それにしても朝目覚めて離乳食のような味付けの薄い食事を3回くらい食べ、再び眠りにつく。大人の精神年齢で過ごす赤ん坊生活はここまで地獄だとは彼には想像もつかなかった。まあ最近はやっと食事の場に一緒にうtれて行ってもらうことも多くなったのだが、、、
「トウ様、今日は家族揃っての朝食ですよ」
そんな彼女の発言を耳にしながら彼女の腕中で揺れながら天井を見つめていた。
(この天井ももう見慣れたな。最初の頃はかなりの高さに驚いたけど慣れた今見てみると思ったよりも高くないのかも。)
朝食の広間に入るとメリアとトウ以外の人は皆揃っていた。弟のカイルがトウの顔を発見すると見つけた!と言わんばかりの満面の笑みを迎え彼のもとに走ってきた。
「おはようトウ!今日は一緒に朝ごはん食べるんだね!今日は僕がトウの分のパンをちぎってあげるね!」
そんなことを言うカイル・レイモンドは早くも騎士見習いの訓練に参加し、腰には短剣をぶら下げている。騎士見習い用とはいえど腰にぶらさげている短剣は本物である。刃も重さもあれば人や獣だってしっかりと切ることができる。弟の可愛らしく元気に満ち溢れた顔の頬には昨日の剣術訓練でついたと思われる擦り傷がついていたあ。蓮迅で使っているのは流石に木剣とはいえかなりの強度の訓練をしていることは彼の傷つき具合や疲労度から見て取れる。
(いや〜おれも成長したらあんな厳しそうな訓練をするのかできればしたくないけど....まあでもむりか。)
ちなみに剣術を教えているのは俺の教育係兼世話係でもあるメリアである。彼女は元はかなり名の知れ渡った冒険家だったらしい。何があってかはわからないがその後に冒険者稼業を引退し、この家のメイドとして雇われることになった。彼女の剣術の腕は惚れ惚れするほどのものである。カイルは基本的な型の反復練習を終えた音は木剣でメリアに向かって思い切り切り掛かる実践訓練を行う。いくら子どもといえど彼は剣豪の父の血を引き、そのせいもあってか訓練の飲み込みも非常に早く動きも素早い。いくら大人といえど木剣であるのだから彼の本気の一撃を喰らえばそれなりの衝撃が走ることは間違いない。そしてメリアも特別筋肉があったり背が高かったりしていない。側から見れば一人のか弱い美しい女性である。しかし彼女はいつもカイルの一撃を交わすのでも受けるのでもなく受け流している。彼のそれまで腕や木剣に込められていた力がまるで最初から存在していなかったかのように華麗に受け流す。トウにはその受け流す様がまるで魔法のようにしか見えなかった。
「カイル、食事の前には必ずその腰から下げた剣を外せと言っているだろ。さあ、早くその剣は外しなさい。」
父アルフォンスの声だ。彼の野太いカイルに叱責する声が聞こえる。
「でも父上!!騎士たるものは常に....」
「騎士たるものというのならばまずは礼儀を知れ。礼儀も知らぬものが騎士を名乗るなど言語道断だ。」
アルフォンスの低い声にカイルは不満そうに短剣をテーブルに置いた。置いた際の音kらもその短剣がしっかりとした作りであり、その重さもよく伝わった。
(ああ、いつもの光景だ。)
トウは内心で苦笑する。この三ヶ月間で家族の会話やメイド同士の会話からレイモンド家の人間関係や人物像をかなり把握していた。まず父のアルフォンスと母のクリスティだが、かれらは二人ともこの国中でかなり権威のある地位についていた。それのせいもあってか父の方は管理厳格な男であり、しばしば弟カイルの無鉄砲な行動に低い声で叱責することがあった。その反面母はかなりおっとりした優しい女性であった。父に怒られ不貞腐れたカイルのことを母は父のいない場所で慰めていた。もちろん父も母がカイルのことを慰めているのは知っているのだろう。だからこそ父も可愛い息子に対してここまで厳しく怒ることができるのであろう。そしてこの二人はかなり良好な関係の夫婦であることも分かった。三ヶ月ほど彼らの様子を見てきて喧嘩するところは愚か言い合っていることも見たことがない。自分含めた息子の様子などについた会話もかなり聞こえてくる。夫婦喧嘩を日常生活で見なくて済むのに越したことはないと彼は常々思っていた。
「ねえアルフォンス、今日は王城での評議会があるんじゃなかったかしら?早めに.....」
「ああ、王城で魔族の残党狩りの報告だ。クリスティ、お前は?」
クリスティが魔法役の瓶をテーブルに並べながら答える。テーブルの上には緑、青、黄色の魔法役の入っている液体の瓶が置いてあった。彼が前世でハマっていたゲームや小説の知識から推察すれば緑は回復薬、青は解毒薬か魔力の回復といったところであろうか。黄色はよくわからなかった。
「ええ、東の森で『マナ歪み』が検知されたらしくて、魔道師団と調査に行く予定です。」
(....魔族?マナの歪み?)
トウは懸命に耳を澄ませて聞いている。赤子の脳、ここではまだこの世界に来てから知識の浅い脳という意味であるが聞こえてきた会話の情報処理が追いつかない。こういう場合は前世のゲームや本などの知識で補完、推察するしかない。そうこう頭の中で推察を巡らせているうちにカイルが唐突に立ち上がった。
「ねえ、僕も行く!父上と母上の戦いを見たい!」
何を言い出したかと思えばいつものことだった。無鉄砲な彼はたびたび両親の仕事について行こうとする発言をする。しかしカイルはまだ訓練のみしか経験がなく、仮に父や母の仕事についていったならば足手まといになることは間違いないだろう。まさか連れていくわけないよなと内心思いつつ眺めていると案の定父のアルフォンスが言葉を発した。
「馬鹿者!お前が任務に付いてくるだと?お前はまだ剣術と魔法の基礎訓練すらままならん。そんなものを同行させることができるわけないだろう。」
(案の定父に止められたな。でもいつものカイルならここで引き下がらないはず......)
「でもでも...この前、木剣で魔獣の模型を倒したじゃないか!」
この模型とは訓練用の木で魔獣の形をかたどられた訓練用の模型である。サイズこそ初歩的な魔獣と変わらないもののあくまで訓練用の模型である。こちらに攻撃してくることもなければ動くこともない。だからこそそんな模型を破壊した程度で付いてくるといわれてあきれるのも無理はない。クリスティが苦笑いしながら仲裁に入る。
「カイル、戦場は模型じゃないのよ。確かにこの前の訓練での模型の破棄はお見事だったわ。模型みたいに止まってもなければあなたに向かって攻撃してくるのよ。怪我どころか死の危険だってあるの。だからあなたをまだ連れていくことなんてできないの。さあ、カイル。トウにパンを食べさせてあげて。」
(さすが母さんだ。カイルのことも褒めつつもなんで仕事に連れていくことが今は無理なのかをしっかりと論理的に説明している。)
「うん、わかったよ。」
さすがのトウも今日は我慢してくれたようだ。トウはぶつぶつと文句を一人でいいながらパンを細かく裂いていた。手つきがどうも心配である。
(おいおい、だいぶ適当だけど大丈夫か?まさかそんなでかいパンの切れ端を俺に渡すわけじゃないだろうな?)
「ほらトウ、口を大きく開けて!!!えい!!!」
そしてその警戒をした刹那彼は赤ちゃんの口小さい口には到底入りそうもない大きさのパンの切れ端を投げてきた。しかも入らないどころか口ですらなくその投げられたパンは鼻にあたった。
「...クシュ!」
かわいいくしゃみをする音が聞こえた。それと同時にトウの小さい手からは水しぶきが出た。部屋はその瞬間静まり返っていた。静寂に包まれていた部屋の中でまず最初に声を発したのは父アルフォンスだった。
「お、おおっ!?」
驚きなのか疑問なのかよくわからないあ二つの感情が入り混じっていたような声だった。こんな父の声を聴いたのは今日はこの瞬間が初めてだった。
「トウ、、、、今の。」
母は純粋に驚いているようだった。家族全員、メイドも含めたその場にいた全員が凍り付く。テーブルの上でパンがひらひらと不思議に浮いている。
(し、しまった...!)
トウは必死になってくしゃみによる力みで漏れてしまった魔力を抑え込もうとしていた。しかし赤子の体では制御が難しい。というかそもそもこれは偶然であり魔力が出ることを今知ったようなものだった。自分の意志で魔力を出すことができないトウにとってそもそも魔力を自在に制御して抑え込むことなど無理な話だった。パン片がゆらりとカイルの鼻先へ、、、
パチン!!!!
あるフォンスが瞬時に手をたたき、無形の力でパン片を叩き落した。
「....クリスティ」
「ええ、わかっています。」
セシリアが無言で椅子から立ち上がると、窓の重いカーテンがひとりでに閉まる。メアリは何事もないように退出していた。実に不思議な光景だった。
(ま、まずい....怒られる?)
トウは無意識のうちに魔法を出してしまいその場を凍り付かせてしまったことを怒られるのではないかと覚悟を決めていた。まあ、そもそもは兄のカイルが大きすぎるパンを不貞腐れながら投げたことが原因ではあるのだが。しかし、トウの予想に反し、あるフォンスの口元には笑みが浮かんだ。
「ふむ...生後わずか三か月で無意識のうちに水魔法と風魔法を出すとはな。」
「しかも私の『結界魔法』を感知して反応したわ。」
この家は代々続く由緒正しき家である。昔からの因縁のある悪党なども多いそのため常に母のクリスティは常に結界を張っている。魔法などがこの結界の近くで使用されるとクリスティに感知されすぐに臨戦態勢をとることができるようになっている。
「すごいよ!!!トウ!!!僕なんて五歳になってやっと魔法を出すことができるようになったのに!」
「カイル叫ぶな」
クリスティがトウを抱き上げた。その手から柔らかな光が流れ込む。どこか暖かく懐かしいような気のする光が。その光はトウの心を落ち着かせた。彼自身も少し驚いていたのだ。
「大丈夫よトウ。怖くないわ。」
(この人たちは俺のことを実験体とかじゃなくて、本当の家族としてみてるんだ。)
その感覚がトウの驚きと緊張の糸をほぐし始めていた。