夜明け前の寝室
光を反射して銀色に輝く月の光がステンドグラスを通して部屋を照らす。光が差し込む部屋に置いてある赤子用の豪華な装飾の施されたゆりかごの傍で母のクリスティ・レイモンドは深いため息をついていた。
「あの......アルフォンス様、この子の瞳....もしかしたら私の勘違いもしれないのですが時々大人のような表情を浮かべるのです。カイルが生まれた時の、あの子のようなこの世界の穢れを知らない純粋無垢な瞳ではなくてどこかこう....疲れを感じているような表情を浮かべるのです。」
彼女はこの子を見た時から疑問に思っていたことを父であるアルフォンスに打ち明けた。出産を終えた直後では疲れや痛みもあり、意識も朦朧としていたのでそこまで気になりはしなかった。しかしその後、体調も落ち着き改めた我が息子の瞳を見た瞬間少し違和感を感じた。トウの弟を産んだ時のカイルの表情と比べてみて明らかな違和感をその表情から感じ取っていた。
「気のせいではないのか?そもそも生後一瞬間の子供がそんな表情をするか?」
鎧を脱ぎ、就寝前の動きやすい服に着替えていアルフォンスは暖炉の前でワイングラスを傾けていた。ワイングラスの中に注がれた飲み物は暖炉の静かに燃え上がる炎の光を反射して真っ赤に光り輝いていた。彼の横顔は王国随一の「魔道騎士団長」としての厳しさと歴戦の猛者を象徴しているような顔つきをしている。頬には縦に大きな傷跡が走り、おそらく戦場でつけられた傷跡で一生消えることはないのだろう、両頬や目の下に付いているしわ跡がより彼の厳しさを表している。
クリスティーは木で作られた椅子から立ち上がり再びトウを上から覗き込んだ。彼女が彼の瞳を覗こうとした時彼は深い眠りに落ちていた。赤子らしく足や手を曲げながら瞼を閉じて眠りについていた。もう一度彼の瞳を再びのぞいてみたいと思った彼女であったが、流石に好奇心とはいえど眠りを起こすのはどうかと思われたのでそっとしておいた。
「でもアルフォンンス様、今日メイドのメリアが哺乳瓶を渡した時『ありがとう』と言わんばかりに頷いたような気がしたんです。気がしたというよりもタイミング的にも完全に感謝の気持ちを伝えるという意図がわかっていて頷いたような気がしたんです。その時に気がついたのは私だけでメリアも何も気がついていない様子だったんですが。あの様子がカイルの時には一度も見たことがありません。」
メリアという人物はカイルの教育係を任されたメイドである。父であるアルフォンスは王国随一の魔道騎士団長ということもあり部下の指導やその他諸々の公務などが忙しく子育てに従事する暇が一切ない。母であるクリスティーもアルフォンスほどではないにしろ聖女ということもあり彼女も彼女なりに忙しくなかなか教育に手を割く暇がない。だからこそメイドのメリアが教育係に選ばれたということだ。彼女はメイドでありながらも冒険者としての華々しい実績を持ち、生まれもかなりのお嬢様育ちであるのである程度の教養や知識もある。そもそもこの世界でメイドになろうとしたら冒険者としての経験の有無や実力はあまり問われないにしても一般的な教養はかなり重要視されている。メイドの業務に対する実力がその家の資金力などを象徴することもあるため権威や立場、家柄の良い家ほどより優秀なメイドを雇っているということが多い。
「クリスティ、それはおまえが疲れている証拠だ。まあ、出産もあったからな。魔導いを呼ぼうか?」
「いえ、大丈夫ですアルフォンス様。確かに私の疲れによる勘違いかもしれません。何せ今日はいろいろなことがありましたから。多分、私の勘違いだと思います。」
彼女はトウのそばに再び近寄り彼の指に触れた。彼の指はまだ幼く小さな柔らかい指で、しかしそその中にも力強さを感じ取ったような気がした。彼女がトウのそっと開かれた小さなての中に人差し指を入れた。
(母さん、大丈夫だよ)
まるでそうと言わんばかりにトウの手は彼女の細い人差し指を握り返した。その瞬間クリスティははっと息を呑んだ。赤子の手から微かな温もりが流れてくるのを感じた。
「アルフォンス様!いまこの子が、、、、、この子の手から、、」
「どうした!何かあったのか?」
慌てて駆け寄る夫の足音が静かな夜の暖炉の燃える音だけが鳴る部屋に響き渡った。