散華
磯本の巨体が綺麗な放物線を描いて壁に叩きつけられた。
宙を舞うゴミが一斉に床に落ちる。
部屋の空気が一瞬で静まり返った。
生活臭は残るものの、空気が爽やかになったのがわかる。
蛍光灯の明滅が止まり、薄暗い光が再び部屋を満たす。
「はい終了です』
拝が柏手を打つ。
「本当かい」
拝が無言でうなづく。
兼子が恐る恐る近づくと、磯本が眠たそうに眼を開いた。
「大家さん…?」
いつもの野太い声だ。
「良かったよ磯本ちゃん」
思わず兼子は抱きついていた。
妙な気配は完全に消えていた。
ただ部屋の中に残る線香の匂いが、あれが夢ではないと語っていた。
それから一週間もすると、磯本はすっかり元気になった。
いつも通りキチンと挨拶をする冴えない中年男に戻ったのだ。
「あの時はなんだか夢でもみていたようで…」
磯本ははにかんだ。
部屋のゴミは片付けられ、奇声も止んだ。だがAV鑑賞を隠さなくなったのか、夜になると女の呻き声のような音が聞こえ、兼子は耳を塞いだ。
まだ鼻の奥に残る花の腐った匂いが、あの時のことを思い出され、兼子をしばらく悩ませた。
後日、潤んだ眼で里中の背中を見送る磯本がいた。
それに気がついた里中が逃げるように駆け出すのを見て、兼子は一抹の不安を覚えた。
またそれから数日後。
里中の部屋から「はぁぁん!」という声が聞こえたとき、兼子は凍りついた。
廊下の端に黒い影が揺らめき、腐った花の匂いが漂った。
慌てて拝の携帯に電話をかけるが、
「おかけになった番号は現在…」とアナウンスが流れるだけだった。
合掌