テキトウいい塩梅
お任せくださいと、拝が揉み手をする。
拝はベッドに近づき、結界の外から手をかざす。
蛍光灯が一瞬強く瞬き、磯本がピタリと動きを止めた。汗だくの顔に脂が光り、目が虚ろに宙を睨む。
その途端、糸が切れたように磯本が静かになる。
「ふむ、拗らせてますね。立派な霊障ですよ。まぁ、よくある憑き物ですね」
「憑き物っていうと、狐憑きとか…?」
兼子が恐る恐る聞くと、拝は鼻で笑う。
「狐? いえいえ、タヌキに狐は取り憑きませんよ」
拝はカラカラ笑う。
「そんな可愛いもんじゃないですよ。コイツはかなりエグい」
拝は心底嫌そうに顔をしかめる。
「まぁキリスト教なら悪魔憑きなエクソシスト案件ですけど、こんな卑猥な案件にヴァチカンは動きませんからね。それに僕…」
ラテン語できないのでと、ひとりで笑う。
正直、兼子には拝み屋の言っていることは半分も分からない。
「なんでも良いから、早く磯本ちゃんを楽にしておくれよ。あたしゃ見てられないんだよ」
だらしなくて暑苦しくても、礼儀正しい店子なのだ。悪い男じゃない。磯本広大はむしろ人畜無害の善人なのだ。
「はいはい。大体わかりましたので、ちゃちゃっと片付けましょ」
拝が親指を立て白い歯を見せる。
「はぁ…」
兼子は頭を抱えてしゃがみ込む。
「切支丹なら聖書読んだり聖水かけたり…聖水っても黄色いアレじゃないですよ」
僕はそういったプレイスタイル好まないのでーーと、拝がなぜか頬を赤らめ口籠る。
「あれれぇ。おかしいなぁ確かにこの間使ってカバンにまだ…」
ビジネスバッグの中に手を入れなにかを探している。
無ぇや…と、呟いてカバンを閉じる。
「コホン。お経も効きそうにないですし、矢張りここは手っ取り早く究極的に効き目の強い…」
と、スーツのポケットから小瓶を取り出す。
「…塩?」
それは『ヒマラヤの塩』と書かれたピンク色の塩の瓶だった。
兼子が「何!?」と目を見開くと、
「標高八千メートルで採取されたもっとも天国に近い塩です」
拝は取って付けたような説明をした。
「あんた、まさかそんなスーパーで売っているような塩撒いて除霊するとかいうんじゃないだろうね」
すでに兼子は怒りを通り越して、声を張る気力もなくなりつつある。
「いやですよ大家さん。ワタシこれでも、この道八十年のプロですよ。そんなわけないじゃないですか」
どうみても三十そこそこにしか見えない。この拝み屋、喋れば喋るほど胡散臭くてたまらない。
そんな兼子の冷たい視線を感じたのか
「おそらく、憑いてるのは若い女の霊ですね。20代くらいで、生前は結構な美人だったんでしょうね。顔立ちは整ってて…美人さんですね。スタイルも良かったんでしょうね。フローラル系の香水が好きで、男にチヤホヤされるのが生きがいだった。ミナトク女子ってやつかな。で、男絡みでしょうね死因は。あぁ、ホスト狂いかぁ。バカみたいに尽くして金使って。自分をすり減らして捨てられて、死んでからも男に飢えてる。哀れっちゃ哀れですけど、だからといって悪霊になられちゃ堪らない」
兼子が「美人!?」と驚くと、
拝は冷笑する。
「ええ、そりゃもう凄まじいぺっピンさん」
どうしてそんな事までわかるのか兼子には不思議だった。
「でね、磯本さんが憑かれた理由ですけど――」
拝は磯本を指さし、シニカルに続ける。
「この御仁、女に縁がないくせに、AVとか見て美人に憧れてたみたいですね。部屋に散らばってるゴミ見てくださいよ。ファッション雑誌とかAVパッケージとか、全部若い女絡みでしょ。で、自分じゃ努力もしないくせに妄想だけ膨らんで『美人に愛されたい』って現実逃避してたわけです。寂しさと劣等感が溜まりまくって、霊を引き寄せちゃった。で、この美人霊が『男なら誰でもいい』って妥協した結果、こんなデブに取り憑いた」
「そんな…」
こんな胡散臭い男に磯本をここまで悪く言われる覚えはない。兼子は唇を噛み締めた。
「美人のミナトク女子も、死んだら落ちるとこまで堕ちるもんですね」
ジジジ…と蛍光灯が揺れた。
部屋の空気が一層重くなり、カーテンが微かに揺れた。
なんだろう。磯本も取り憑いている女も哀れに思えてきた。みんな孤独で寂しいのだ。
この磯本の溜め込んだゴミの山も、女の金と男への執着も、ポッカリと空いた胸の穴を埋めようとした結果なのかもしれない。
もしかしたら歪なふたりの欠けた心が、こんな形でピッタリとはまってしまった結果が眼前の状況なのではなかろうか。
「でもさ、まだ磯本ちゃんは生きてるんだよ。そんな悲しい話なら、なおさら早く磯本ちゃんから出てって欲しいよ…」
兼子は目頭が熱くなるのを感じた。
「ですよねぇ。美人だったのがこんな信楽焼に取り憑くとか、ご本人もさぞや無念でしょうね。まぁ、荒療治でサクッと終わらせますよ」
拝は自信たっぷりに胸を張った。