その男、オガミテキトウ
翌日、夕方の四時。
部屋で震えながら待つ兼子の耳に、けたたましいチャイムが響いた。
このアパートにインターホンやチャイムの違いはない。いったいなんの音なのだろうか。
兼子は粟立つ自分の腕を抱えた。
「磯本さぁ〜ん! ご在宅じゃないんですかぁ?」
ドアノブがガチャガチャと鳴り、ドアノブを回す金属が音が響く。
約束の時間だ。昨日の拝み屋だろうとは思う。
だが…場違いで妙に能天気な声に兼子は困惑が隠せない。
「は、は…ぃ」
兼子が返事をする前にドアが軋みながら開き、濃紺のスーツを着た男が現れた。
年齢不詳、特徴のない顔に薄ら笑いを浮かべ、どこか死んだ魚のような目をしている。
「遅くなりましたぁ。オガミテキトウです。金浦さんからのご依頼で参りました。誠心誠意頑張りますので、よろしくお願いしますね」
「拝み屋が適当?口上は羽布団の売り込みかよ」兼子は内心毒づく。
「お部屋お汚いので靴のまま失礼しますね」
兼子が玄関に出向くより早く、能天気なセールスマンはズカズカと入ってきた。
「昨日はご連絡ありがとうございました」
差し出された名刺を受け取る。「祓師 拝笛刀」
「テキトウ…名前なのか…」
紛らわしいと兼子はため息をつく。
拝は部屋を見まわし、鼻を摘まんで呟く。
「いやぁ、ひどいもんですね。腐臭と脂と……何? この甘ったるい臭い。人間ってここまで落ちるのか。まぁ、自業自得でしょうけど」
ベッドの上で暴れる磯本が「がぁっ! 男!」と吠えるが、紙垂が揺れるだけでベッドに張られた結界の外には出られない。
「電話で言われた通りにしといたよ」
昨日、拝との電話で「なんでも良いので、なんか白い紙で紙垂のようなものぶら下げておいてくださいね」と言われたのだ。
ろくな説明もなく困った兼子は、里中にスマホで調べてもらい家にあった半紙と、裏の藪からとってきた竹を使い、昨夜のうちにこしらえたのだ。
「素人さんにしちゃよく出来てる。帰りに貰っていこうかな…」
自分のビジネスバッグを漁りながら、拝が呟く。
「で、この信楽焼…もといんにゃ。こちらタヌキ、違う。ダンデイな男性、なにかの宗教でもやってました? 敬虔な仏教徒?切支丹とか?イスラムヒンズー…まさかケルトとかゾロアスター教とか? まさかマニアックにブゥドゥーとか?アフリカンな感じは守備範囲外なんですがぁ。まぁ、どうでもいいですけど」
拝がひとり乾いた笑いを漏らす。
「知るわけないだろ、そんなの!」
苛立ちをぶつけるように兼子は叫んでしまった。
「ですよねぇ。どうみても神を信じているタイプには見えませんもんね」
さっきから随分と失礼な物言いである。拝み屋とはこのような人種なのだろうか。それともこの男が特別なのか。兎にも角にも胡散臭い。
「ところで金浦さん、この脂ぎったオッサンってご主人ですか? 息子さん? まぁ、こんなのと縁がある時点で同情しますけど」
「ちょ、アンタね失礼すぎないかい」
「大変失礼いたしました。若いツバメさんですね。いやいや何とも素敵な男っぷり。イケメンですねぇ」
「違います! 店子です!電話でも言いましたよね!」
「あぁ、そうでしたかね。電話で聞いてたっけなぁ。まぁ、除霊には特に影響ないので大丈夫です」
と肩をすくめる。
兼子は怒りと苛立ちを抑え、
「霊能者なんでしょ。なんとかしておくれよ」
兼子は懇願した。