第516話
新しい手習い課題は切りっぱなしの布端の処理だった。ぐるぐる縫い付ける “ 巻きかがり ” と、布端に沿って壁というか橋みたいなストッパーを沿わせていく感じの処理の “ ブランケット・ステッチ ” 、その二種類。ぐるぐる巻きするだけでも予想以上に布端は解れてこないものだ。
そしてこの布端処理だけど、布の魔力浸透率に関わる重要な処理だった。
魔力無しの布に魔力無しの糸でサッとかがり処理をしたり、魔力の存在する布に魔力無しの糸で余計な魔力付加をしないでかがらないといけないとか、実は材料作りにはひと手間かかる。
…ので、スキルを手に入れて自動処理しちゃうのが素材屋には求められる。そのスキル名は『カガーリン』。何となく宇宙を彷彿とさせる響きのスキルだ。地球は青いってやつだよな。
(共)「仕事をしていると無意識に魔力を流しがちだけどね、それがいい方向に作用する時と邪魔になる時とあるからね。鍛冶だってそうだし、多分、研磨もそのハズだよ。世の中には良いエンチャントも悪いエンチャントもあるものさ」
過去に 「良いエンチャントは人の為になったエンチャントだけだ」 と言った勇者がいたとかいないとか。
魔力が移るとか言ってたけど、元々が魔法も魔力もない世界の出身なので今ひとつピンとこない。これって異世界転生あるあるだよね。前世で似た感じの作用って何があった? 磁力が移って磁石化するとか? あ、寿司ネタに手の温度が移るってのもあるか。
{ ―― 猿め、草履をまた尻に敷いておったな、ホトトギス ―― }
それは違うんじゃないのか、ホトトギス。ヤーデさん、暇なんですか?
(共)「オロール先生、これってゴーレムに処理させたりはしないんですか?」
(共)「ゴーレム処理もあるにはあるんだよ」
(共)「だったら手縫いを習う理由は何ですか?」
(共)「そりゃあ何時でもゴーレムが使える訳でもないし、修繕する時は殆どが手作業になるからね。分解する時の為にも技法手法を知っておくのは重要だよ」
(共)「それはゴーレムには無理そうです」
(共)「修繕や分解は妖精に発注したりもするよ」
(共)「そこでも妖精が大活躍するんですね」
(共)「 “ 花網かがり ” 、これを起点にして縁にレース編みで装飾をしたりも出来るから覚えておいて損はないよ。二枚の布を縫い合わせながら端の処理も出来る優れものの技法だよ」
“ 花網かがり ” 、これがブランケット・ステッチの事なんだな。吊り橋の手すりみたいにも見える。
手習いポーチより作業時間も手間も掛かるけど、貰える工賃は遥かに多いので、何もしないよりは布端処理で小銭を稼げという事ね。美しく “ 花網かがり ” 処理したハンカチはヒト族に人気があるのだとか。
(共)「ハンカチ処理は結構稼げるよ」
(共)「刺繍は入れなくていいんですか?」
(共)「それは貴族の女性の嗜みだね。ヒト族は家に伝わる刺繍の柄や想いを伝える柄をハンカチに刺して相手に渡すんだよ」
(共)「それだったらボク達が手を貸す必要は無いですね」
(共)「そうそう。私たちに求められるのは美しい布端の処理だよ」
ちなみにヒト族の貴族自身がハンカチの布端処理をしてしまうと、 “ 自分でハンカチを工面しなくてはいけないほど貧乏 ” 、よく言うと “ 清貧 ” という意味にとられてしまうので注意が必要だ。
厚手の布から向こう透けて見える薄布まで、様々な布を試して手習いをして欲しいと言われた。布端処理が必要な物は当日にならないと何が渡されるか分からない代わりに多種多岐に渡った素材が準備されるという事だった。復習には適さないけど勉強にはなる。
(共)「ミーシャは鉱石を研磨するだろ? 上手に “ 花網かがり ” が出来る様になったら石やアクセサリーを納めるポーチが作れるよ。破損防止に役立つのは勿論だけど、うまく作れば付加価値を付けることも可能だからね」
(共)「ポーチですか」
(共)「フェルト生地を二枚重ねて縁を “ 花網かがり ” するポーチが一般的だね。そしてアレンジのしようはいくらでもあるんだよ」
(共)「それこそポーチの布に刺し子をするとかですか?」
(共)「それもあるけど、フェルトの素材を魔羊毛にするとか、魔蚕の繭を開いたものにするとか、魔獣の毛を混ぜてみるとか、そういうアレンジもあるよ。後はフェルトではなくラーシャを使うとかだね。何なら編み物から持っていってもいい」
フェルトは前世のそれと同じだった。主に羊毛を重ねて縮絨させて作った不織布の事ね。手作りぬいぐるみでお世話になる、あの二十センチ四方で売られている布です。
ラーシャは前世の羅紗。これは織物を縮絨させて作る布で、戦国武将の陣羽織の素材がこれだった。
そして編み物で……と言うのは文字通り手編みしたものを縮絨させればフェルト状になるよ、というだけの事だ。セーター手洗い失敗って感じ?
フェルトは何かと便利な素材なので、鎧下にも使えるし靴にも出来るし、壊れやすいものの梱包材にもなる。手芸屋で売られている様な小さなサイズで作る必要もない。大きく作ればテントの天幕にもなる。
(共)「手習いとはまた別に刺し子も教えていくからね。まずは基本の柄を三つほどからだ。単純だから飽きるてくるし糸調子を揃えるのも難しいからね、古代エルフの伝統的な刺し子ではない一般的な刺し子も教えてあげよう」
(共)「ありがとうございます。ボク、頑張ります」
(共)「古代エルフの刺し子は単純な柄で埋め尽くす事もあれば、バランスをみながら別の柄に続ける事もあるからね、慣れるまでは多分混乱するよ」
(共)「作業の部屋はどこになりますか?」
(共)「被服の第三教室が私の担当する教室になってるね。そこで作業してもいいし、どこかの空き教室で作業してもいいよ。別に被服の大教室で刺してもいいんだ。糸や布が汚れなかったら何処で作業してもいいからね」
(共)「履修している学生って結構いるんですよね?」
(共)「そうだよ。ただ皆、履修度合いが違うからね。教室で刺し子を刺している生徒もいれば製図室で刺し子の設計図を書いている生徒もいるよ」
(共)「オロール先生らしいというか、授業もフリーダムなんですね」
(共)「なに、私が居ない季節でも作業出来るようにしただけだよ」
そう言えば聞こえは良いけど、飲み過ぎて起きてこない日もあるって意味なんじゃないのか?




