第439話
「やぁ諸君、久し振り。息災かね?」
商業ギルドの奥の方からミケヲさん御一行が現れた。何故奥の方から来たかが分かったかと言うと、正面受付で挨拶をやり取りする声が聞こえなかったからだ。
「三毛皇閣下、先日振りですのじゃ」
「三毛皇閣下、宜しくお願いいたします」
「今日は非公式だから無礼講で構わんよ」
「ありがとうございます。ボクとパイクお義祖父さまに紋章をありがとうございます」
「あ、気に入ってくれたかね? 吾輩の前世世界での猫にまつわる道具をモチーフにしてみたのだがね」
「魔道具ではないと言う事なのじゃな」
「そう。吾輩の居た世界は魔法が無かったからね。なので、魔道具にしなくとも動かせるとは思う。勿論、魔道具化しても何の問題も無い」
「説明は後にして頂くとして、本日は三毛皇様に簡単な昼食をご用意しております」
「うむ、吾輩はそれが楽しみで仕方なくてな」
「それでは三毛皇閣下の目の前で仕上げをしていきます」
「おおっ、説明してくれたまえ」
「三毛皇様、近付き過ぎです」
「三毛皇様、危のうございます」
あ、暴れん坊なお殿様と家老の爺やのやり取りみたいだな。
「それでは火を使わない部分だけ説明いたします。こちらは【川底小枝】を開きにした物です。それと【強情菊の根】をスライスした物と【緑白葱】のぶつ切りを鍋に入れます。【川底小枝】は頭と背骨を外してあります。その頭と背骨で出汁を取りました。その出汁で煮ていきます。味付けは【粗相豆】別名【十滴魚】の汁です。この汁は豆の魚醤版なんです。【川底小枝】に火が入ったら溶き玉子を回し掛け玉子とじにしたら完成です」
「その【柴髭魚】を開きにした理由は何故かね?」
「そちらの言葉だと【柴髭魚】なんですね。魚の臭みを抑える為と、口当たりを良くする為です。この風味と骨ごと食べる食感が好きな人なら丸ごと煮てもいいと思います」
「【強情菊の根】という物は?」
「主にエルフが好む、菊の仲間の長い根っこです。今回はエルフ領から輸入しました」
「うむ、吾輩、初めての料理だ。完成が楽しみだ」
いや、あなた、前世でドジョウの柳川鍋は知ってるでしょ。
「今回、【川底小枝】の解体にボクの庇護保証人のリンド=バーグさんの配偶者でC級冒険者のアリサ=ランドお姉ちゃんにお願いしました」
「三毛皇様、初めまして。アリサ=ランドです」
「吾輩の知る所によると、奉納された鐘を叩き割った経歴を持っているとかいないとか」
「いや、それは……」
「♪あの鐘を〜 叩き割るのか まさ〜か〜」
「えっ……」
ミケヲさん、俺、何だかワンダーな女性シンガーを連想しましたよ。
「後、【強情菊の根】が余るので勿体ないのでエルフ領の郷土料理、【強情菊の根】と【食用マンドラゴラ】の千切り炒めを作ります。主食は生パスタを【山大蒜】と【細辛茄子】と一緒に炒めます。お酒は【渓流鰮】の尾鰭の干物を炙って『生命之水』に浸した物をご用意しました。希望であればエールもご用意します」
「吾輩、ミーシャ=ニイトラックバーグに任せるのだ」
「暫しお待ちください」
加熱前にキャンパさんとネロさんに食材に不具合が無いか確認してもらった。柳川鍋が煮え、きんぴらゴボウとペペロンチーノも完成した。ヒレ酒が全員に渡ったところでミケヲさんの乾杯の音頭と共に昼食会が始まった。
「美味い!! これが【川底小枝】鍋か。【柴髭魚】を煮ると、こんなに美味いとは」
「唐揚げでも美味しいと思います」
「吾輩、これを食べに『スワロー』にお忍びでやって来るとしよう」
「三毛皇様、この鍋の為にわざわざいらっしゃるんですか?」
「ほれ、吾輩たちはこの通り手に肉球も有れば指も短いのでな。魚を綺麗な開きにするのが難しいのだ」
「あ、そう言われてみればそうですね」
「アリサお姉ちゃんは【川底小枝】を捌きまくってスキルが生えたそうです」
「何とも業の深いものだね」
いや、柳川鍋を食べる為だけにお忍び外交しようとするリーダーも業が深いです。
「炒め物も美味いな。塩味と【粗相豆】味とでこうも味わいが変わるとは」
「嫌われ豆が陽の目を見ましたのじゃ」
「確かに名前が粗相ではな。よし、吾輩はこれを【魚殻豆】と呼ぶ事にした。吾輩、これを紋章にしたいぐらい気に入ったね」
いや、それは紋章にしたらダメだと思うんだけど……。猫の人的には魚の模様で成る程納得って感じで分かりやすいけどな。
「三毛皇閣下、古代エルフも好んでますので、紋章に使うのは……」
「そうか? 植物を紋章のモチーフにするのは良くある事ではないのかね?」
うっ、言われてみればそうだ。
「まぁ、紋章はさて置き、このパスタも美味いしヒレ酒も美味い!! 吾輩は堪能した」
「種族のトップにお出しする料理っぽくないですが」
「いやいや、吾輩は美味ければ構わぬよ」
「ミーシャ、そろそろアレをお出ししては?」
「あ、今日はサプライズでデザートを用意しております。ホーク=エーツさん、例のものをお願いします」
「こっ、これは何かね?」
ホーク=エーツさんが【銘菓・ヒドラ饅頭】を恭しく差し出す。箱を開けるとそこに鎮座するのはバナナ型のケーキ饅頭とドラゴンスレイヤーと書かれたナイフ型の木ベラだ。
「これは、カーン=エーツさんと言う商人ドワーフがボク宛で送ってきたお菓子です。面白かったので三毛皇閣下に一箱残しておきました」
「成る程ね。確かに見た目のインパクトは凄いな。この木ベラでヒドラ退治をする訳だな」
「はい」
「これは何というか、趣味が良いのか悪いのか……。目の付け所はいいのだろうが、食べる者を選ぶだろ?」
「はい。ボクもそう思います」
「まぁ、帰ったらネタにさせてもらうがね。吾輩、ドワーフ領で、なな何とヒドラを倒してきたのだ。このドラゴンスレイヤーで!! と言った感じでだな」
「それでは三毛皇様、そちらのドラゴンスレイヤーをお持ち帰り下さい。カーン兄も喜ぶ事でしょう」
「それは君の兄が?」
「はい。不肖の兄です……」
「強く生きるがよい」
ホーク=エーツさん、生きろ!!




