第427話
「ミーシャ、そいつに懐かれてないか?」
「そうみたいですね」
プープー
足元に纏わりついてくるので蹴り飛ばしたら困るな。
「ハーネスをお付けします」
専用ハーネスが付いたので手持ちOKになったよ。そっと持ち上げてみると、 なぁに? といった表情で小首を傾げてくる。首…どこなんだろうね? 【虫来ず草】を与えると、モグモグと咀嚼する。暫くしたら喉元が動いたので嚥下したのだろう。
プ〜 という間の抜けた鳴き声と共に開いた口から輪になった煙が俺に向けて吐き出される。これ、サービスかな? 前世でどこかの水族館にハート型のバブルを吐き出すイルカって居たよね?
「おお、親愛表現の輪煙だ」
「なかなか見れないぞ。俺も片手で数えるぐらいしか見たことはない」
「そうなんですか?」
ムキュウ!! ムキュウ!!
(「ますたー やそうくっきー みんなに あげるの」)
「えっ、アンディー、皆に野草クッキーをプレゼントしたいの?」
キュウ
(「あげるの」)
というアンディーの指示なので、この場にいる全【手持ち豚】達に野草クッキーを振る舞う事にした。勿論、アンディーにも渡すし、俺も食べる。施設長のキートン=パルマさんがドン引きしているのは、俺が野草クッキーを口にしたせいなのか、餌用マジックバッグから出て来た手持ちの野草クッキーの量のせいなのかは不明だ。
プキプキ プープーと可愛らしい鳴き声は豚さん同士で何か会話してるのだろうか? きっと 「今日はオヤツが沢山」 だの 「クッキー美味しい」 とか話してるんだろうな。
鳴き声が止んだと思ったら、【手持ち豚】達が全頭俺の方を向き、口を開けると輪になった煙をポコポコと吐き始める。
「おわっ!!」
「全頭ですと!?」
「圧巻だな……」
「良いものを見させて頂きました。まるで豚の聖女が降臨した様です」
「豚の聖女か。確かにそうかもしれないな」
豚の聖女!! 間違ってないかもしれないけど、その響きは…………イヤ!!
「ジョー=エーツさん、ボクでなくても、それこそジョー=エーツさんも【手持ち豚】達の前で一緒に【虫来ずクッキー】や野草クッキーを食べれば豚の聖者になれますから!!」
「いや、俺にはそのクッキーを口にする勇気が無いからな。聖者にはなれない」
「だったら施設長さん、豚さん達の前でご一緒に」
「あ、いや、今度試してみようかと……」
プープー プープー
「あ、どうしたの?」
プープー プピッ
「聖女降臨に驚いてしまいましたが、どうやらその子はミーシャ=ニイトラックバーグさんの所に行きたい様ですね」
プキッ
「そうなの? ボクの所に来る?」
プープー
「それでは購入手続きを致しましょうか」
【手持ち豚】は従魔でありながらペットとして可愛がられる愛玩動物だったり、鉱山で働く家畜だったりする。なので、どの目的で飼育するのか購入時に書類に記載する必要があった。目的外で飼育していても直ちに罰せられたりはしないが、ペットとして購入した【手持ち豚】を鉱山で酷使していると従魔虐待だと判断される。
俺は従魔として登録した。【手持ち豚】はテイマースキルが無くても従魔登録が出来る数少ない魔獣の一つだ。
「それでは名付けをお願いします」
「あ、名前……」
今日購入すると思ってなかったから名前を決めてなかった。ブーちゃんとかトンちゃんとかはあからさま過ぎるのでパスだな。トンカツもトントロも駄目だ。
豚だもんなぁ…。タカギ? いや駄目だろ。これって蚊遣り豚でしょ? カヤリ、カトリ、センコウ、ムシコーズ、ジョチュウ、サッチュウ、う〜〜ん………。カヤリかカトリが候補かなぁ。
「えぇと……、カヤとかカトリとか考えてみたけど何か違うような……あっ、カトリーヌ」
プープー
「君はカトリーヌがいいの?」
プキッ
「すみません、カトリーヌでお願いします」
「可愛い名前だな。雌だしちょうどいいか」
「この子って雌なんですか?」
「ん? 気付いてなかったか?」
「ボクに見分けが出来ると思います?」
「あ、無理だろうな」
後で従魔登録の為に冒険者ギルドに行かないと。【手持ち豚】は貸し出しされたりもするので従魔であっても愛玩用であっても冒険者ギルドの台帳に記録されるのだ。指名依頼ってやつだな。専用ハーネスとヘッドライトも購入。従魔証も着けてもらった。【手持ち豚】の従魔証はピアス仕様。左耳、鼻、尻尾の何れかに装着する。勿論、左耳に着けたよ。小さいので注意が必要。専用ハーネスには通常サイズの従魔証が取り付けられるので、外出の際は専用ハーネスの着用が推奨される。
「【虫来ず草】は此方に買いに来ればいいですか?」
「冒険者ギルドや商業ギルドでも購入可能だが、【手持ち豚】の健康状態を確認する為に月に一度程度は顔を出してもらいたい」
「分かりました」
「野外実習に連れて行くと害虫が寄り付かなくて便利な反面、蟲人の集落に行く時は気を付ける様に」
「連れて行かない方が良いんですか?」
「数日前から餌に【虫来ず草】を与えなければ大丈夫だよ。急に訪ねる事になった場合はスライムバッグに入れてバッグの口を閉めておけばいい」
「分かりました」
カトリーヌを連れて行く前に豚さん達にご挨拶していこう。また来るねと言って手を振ると全頭整列して俺に向けて煙を吐いてくれた。うん、可愛い。後でカトリーヌを連れて【虫来ず草】を差し入れに来よう。




