第404話
作業も登校も禁止ならその代わりに知識を得たり整理したりしよう。綺麗に磨かれた石を眺めながらニヤニヤするのが一番だけど、生憎手持ちには研磨済の石が無い。いい感じの石は全部売っちゃってたよ。原石も嫌いじゃないけど見てると研磨作業がしたくなるからなぁ。作品見本にもなるからそのうち非売品コレクションも作っておくか。目標は贅沢な足ツボマットを作ることだな。
強化石は防具やアクセサリー、武器の柄に組み込むことはあっても滅多に武器本体には組み込まない。武器本体というのは金属部分の事ね。刀剣で言う所の刃身と茎。当然だけど鍔は別だ。
茎に強化石を組み込めなくはないが、作業効率や安定性を考えると魔法陣を付与する方が合理的。その中でも簡単なのは魔導転写。前世の熱転写シールやタトゥーシールみたいな感じで使う。部分的に削れたり剥がれやすいけど平面以外に魔法陣を付与するならこれが一番。勿論、技術者が直接魔導インクで直書きしたり専用の道具で刻んだりも出来る。
そんな便利な魔法陣が有るのに何故強化石が必要かと言うと、結構細かく修正値の微調整が出来るから。個々の能力値、いわゆる知力とか筋力とか敏捷度なんかの強さは数値で見えないけど、追加される補正値は何故か+1、+2といった感じに見えるのだ。何を基準にして+1なのかは分からないけど、それでも+1と+3では明らかに差が認められるのだとか。これが魔法陣だと小刻みに補正出来ないのだ。
ジョンノ=レーンさんの所にある【運魔】用の強化石、あれは一番の利き脚に防御力を上げる【鯨縞石】を装着し、その他の脚にバランス良く攻撃力を上げる【血肉石】を装着して、脚力のバランスを整えてあげる為に使う物なんだって。一番の利き脚、この脚が頑張り過ぎるとその脚にだけ負荷が掛かり過ぎて【運魔】に良くない。かと言って全部の脚にバランスよく【血肉石】を装着しても【運魔】に負荷が掛かる。まして個体差もあるから微調整には魔法陣ではなく強化石を使うのが一番良いという訳だ。
強化石は【運魔】だけでなく、冒険者や騎士の対練でも使われる。対練用の武器にハンデを付けるのに便利だからか。将棋でいうところの何枚落としが簡単に出来る。
そんな強化石の中で一番信憑性に欠ける効果が金運上昇だ。一番眉唾物にして一番売れるのが金運上昇の強化石だから質が悪い。その金運上昇の強化石も複数種類あるから尚の事質が悪い。ギャンブル用、討伐時の現金入手率上昇、売上げ倍増……等で石が違う。実は値切り成功の強化石もあるので、商人同士だと大抵は効果は相殺されている。
まぁ、大きな商会やカジノだと魔法陣で強化石の効果を相殺もしくは無効化してるそうだけど。そこは知らないほうが夢が見れる。
リンド=バーグさんも柄頭や鍔、鞘になら強化石を着けたことはあると言っていたけど斧頭に直接取り付けた事は無かったと言っていた。ところで、刀だったらハバキにも装着出来るよね。刀身と鍔の境目の金具。刀装具が沢山あるから強化が凄いことになりそう。そこに業物の刀身……シャレにならんな。俺はそこまで詳しくないからミケヲさんに何か知ってないか聞いてみよう。
今回磨くことになった強化石は研磨したら多分、直径一センチメートルの丸カボションカットもしくは長径一センチメートル✕短径八ミリメートル程度の楕円カボションカット程度が完成形だと想定している。原石の品質が一定だったら強化石が大きくても小さくても強化値は殆ど変わらない。むしろ質の悪い部分を排除して仕上げてやったら強化値が微増したりするくらいだ。高品質の原石を程良い小ささで仕上げてやる事が重要……か。
「俺も初めて体験する作業になるから、あまり小さい強化石に仕上げないでくれれば有り難い」
「リンド=バーグさんはどういった感じに細工する予定なんですか?」
「斧頭に【血肉石】、握りの先端側に【鯨縞石】。先ずは一番有りがちな基本配置だな。防具だと後付けありきだから取り付けも簡単なんだが……。俺にとってもいい勉強になる仕事だ」
「質問なんですけど、盾ってどんな風に強化石を取り付けるんですか?」
「それは裏側にビッシリとだぞ」
「裏側……」
「スパイクじゃあるまいし、表側なら敵の攻撃を受けたら割れるからな」
「あ、それもそうですね」
「裏側なら回復の魔法陣も組み込める。作り手が拘り過ぎて収拾がつかなくなるのも盾ならではだな。盾専門の鍛冶師は殆どが一癖二癖ある奴が多い。ミーシャが将来強化石の仕事をするなら盾専の鍛冶師とも仕事上付き合うことになるだろうが、深入りするなよ」
「ハイ、ワカリマシタ……」
盾専門の鍛冶師は中二病……。これは試験にでるやつだな。そして盾の裏側が強化石で大変な事になるって、もしかして装備する人が集合体恐怖症だったらヤバいんじゃないのか?
……って心配しちゃったけど、実際は内側にカバーを付けて強化石が直接目に入らない様にするからその心配は取り越し苦労だった。石がジャラジャラ付いているのが見えると戦闘に集中できなくなっちゃうのを防止する為と、前腕の防具に当たって破損するのを防止する為とだ。稀に【水母】シートでカバーを作り、居並ぶ強化石を見てはニヤニヤする人も居るそうだけど。その気持ちは分かる気がする。




