第397話
「偶にはのんびりした朝も良いものじゃろう?」
パイクお義祖父さまは目が覚めた後、のんびりとお茶を飲みながら木賊等の鉢植えに水や肥料を与えるのが日課なのだとか。
「パイクお義祖父さま、おはようございます。ボクは何だか落ち着かないです」
「休む時には休まないと良い仕事は出来ないものじゃ。まぁ儂らドワーフはついつい働いてしまうがのう」
「そうですね」
時間を聞いたら九時だった。なまじ前世と同じ時間感覚なので意識し忘れていたが、この世界も一日は二十四時間で一時間は六十分。ご丁寧にも一分は六十秒だ。これには秘密があって、この世界には【時刻みの尖晶】という結晶状の鉱石がある。何とこの結晶は振動しており、時計の魔道具に組み込む事で正確な時間が計れるのだ。そう、この前購買部で何も考えずに買いました。時計以外の魔道具にも使えるので、売ってたら取り敢えず買っとけ的な素材だった。
『ハポン=ヤポン』はそこそこ大きな国なので、南北で三十分くらいの時差がある。北の果てと南の果てで比較すると一時間ぐらいは時差がありそうだ。
それよりパイクお義祖父さまに何か大切な事を伝え忘れていた様な……そうだコカコッコの雛、コカちゃん(仮称)の扱いだ。これ絶対、俺の後ろを付いて歩きそうだよね。室内や何もない時ならいいけど実習中はチョットなぁ……。親鳥のところ、つまり養鶏場に預けておけば心配なさそうたけど、コカちゃん(仮称)にしてみたら親から引き離された様に感じるかもしれない。今日はパイクお義祖父さまとのんびりとした一日を満喫するのだから、その相談をしてみよう。
朝ご飯には遅い気もするけどパンと野菜スープを胃に流し込む。アッシュちゃんはフィオナお義祖母さまとお出掛け中。戻って来たら髭無し仲間と松ぼっくり集めに行くんだって。松ぼっくりは松鱗実と呼ばれている。焚き付けの着火剤に良し、リスの餌に良し。勿論、中の種を集めてオヤツ代わりに食べたり油を搾る事も出来る。かなり万能。落ちて茶色くなった松葉はフェアリー族の焚き付け用なので雨の掛からない所に寄せておけばいい。時折、中の種がすっかり無くなっている松ぼっくりが落ちているけど、それはフェアリー族が中の種を収穫したからだ。こうなるとリスも手を付けないので一直線に竈行き。綺麗な形の物は竈神キャシーにお供えしておくと神様に喜んで貰える。種の外れた松ぼっくりを綺麗に彩色したものはヒト族に売れるので、松ぼっくり集めと彩色作業は髭無し達に大人気の小遣い稼ぎだ。
お供えね…。上位存在が元日本人という事ならば、前世の再現メニューを奉納したら喜んでもらえるのではなかろうか。
パイクお義祖父さまにコカちゃん(仮称)の相談をしながら木賊を愛でる。太めのタピオカストローぐらいまでは品種改良出来たけど、それ以上の太さにはならないみたいだ。やはり接ぎ合わせてた物を裏打ち補強して使うのが一番。アルチュールさんに発注だな。
コカちゃん(仮称)はスライムバッグに入れて運ぶのが安心だろうとの事。大変だけど朝に親元に預けに行き、夕方迎えに行くのが一番みたい。俺じゃコカコッコの基本的な生き方を教えてあげられない。それでも預けっぱなしでは雛が不安に思ってしまうので、俺の予定が何もない時間帯は一緒に居てあげるのが一番……か。これはコカコッコに限らず従魔の仔を育てる時の基本なのだと。
カルガモの雛みたいにコカちゃん(仮称)が俺の後ろをヨチヨチと付いてくるのは楽しみだ。
「そうじゃった、三毛皇閣下が今夜お忍びで訪問されるのじゃよ」
「そうなんですか?」
それ、知ってる。理由は言えないけど俺知ってる。
「馬車組合に転送陣でやって来てじゃな、そこから商業ギルドに移動されるそうじゃ」
「そうなんですね」
「軽く夕食を召し上がられるじゃろうな。それでじゃ、先日登録したメニューが気になる様らしくてのう、商業ギルドとしてはミーシャに調理してもらいたいそうじゃ」
「えっ、ボクが調理していいんですか? 毒味とかは?」
「一応、お目付役が確認するそうじゃがのう」
「パイクお義祖父さま、猫の人に禁忌な食材って有りますか?」
「脂の強いものは苦手な様じゃ。動物の猫とは違って大抵の物は食べても大丈夫じゃと聞いておるのう」
「ありがとうございます。だったら……、三毛皇様ってお酒は嗜まれますか?」
「エールやワインは飲まれておった」
「だったら、冷やしエールと……、あれ、猫の人って猫舌です?」
「口の中を火傷する様な熱さでなければ問題ないじゃろう」
「そうですね、何を作るか……ちょっと考えてきます」
「今日は休みの日じゃよ。無理はしなくて良いからのう」
「はい、分かりました」
さて、何を出せば喜ばれるか……やはり冷やしエールには餃子だろう。後は焼き鳥だ。ネギマを塩とタレで。ツクネも焼くか。急すぎてウナギやイクラは準備出来ない。ゴボウも無理だ。後は春巻きとお好み焼き? でもお好み焼きはなぁ…。マヨネーズもソースも有るから作れるけど普通に食べてそうだしなぁ。魚料理はって? それは俺が食べたい。あー、カマボコが食べたいなぁ……竹輪でもいいけど。カマボコって魚の擂り身を板に盛って蒸すんだっけ? 竹輪は棒に擂り身を塗り付けて焼けばいいな。作り方は一層のみのバウムクーヘンって事か。あ……バウムクーヘンが食べたい。
流石に作ったことのない料理をお出しする訳にはいかんので、今回はカマボコと竹輪は断念。
今回のメニューは醤油以外は市場で簡単に手に入るものばかり。商業ギルドに必要食材を書いたメモを渡して準備してもらえば、それは商業ギルド認定の安心な食材って事になるよね。




