第380話
昨夜は鑑定結果の悲しさにスケッチをするのも忘れて寝てしまった。鑑定もそれなりに強化されてきていると思ってたのにダメだった。多分、鉱石特化の鑑定スキルがあるんだろう。目が覚めたら皮膜を広げたアンディーがお腹の上にいた。手触り最高のミニ毛布だな。
初めての針打ちの後はハーレー=ポーターさんとの打ち合わせか待っている。不安不安。間違ってもパンダの名前などではない。
アンディーは部屋に居てもらうことにする。実習中は何かと危ないと思うし、まだまだハーレー=ポーターさんには紹介したくないしね。
鍛冶の作業場ではスプーン打ちで一緒になったローザ=リオールさんが一足先に針を打っていた。太いから編み物関係かな?
もう一人一緒だったクリフ=トーファさんの姿が見えないから別の実習か炭焼きに参加しているんだろう。
今日は布団針ぐらいの太さの針を打つ。本気で鍛冶師を目指すわけではないので予め針金状に引き伸ばしていた鋼材を使う事になる。小さなインゴットにしておいた鋼材を叩き伸ばして四ミリメートル四方程度の平角線にしておいたものが材料。それを炉に焚べて鈍し、小振りのハンマーで叩いていくだけ。一応、針の形状についての簡単な講義はしてくれた。先をどの角度で尖らせるかとか、針穴の大きさをどうするかとか、基本の形はあるけれど使う人次第なところもあるので自作するなら色々試すのがいいみたいだ。
当たり前だけど機械打ちの量産品は存在しないので、針は折れるか極端に曲がるかボロボロに錆びるか、或いは針穴が壊れない限りは使える。先端が欠けたくらいだったら研いでやればいいだけだ。折れたら折れたで溶かせば素材に戻る訳だし。
普通の刺し子針は前世でいう所のフランス刺繍針、つまり先の尖った太めの縫い針なんだけどオロール先生の教えてくれる魔導刺繍の刺し子は先端が丸い。前世でいうクロスステッチ針みたいな感じだ。太さは直径が二ミリメートル弱なので細くしようと頑張らなくても大丈夫。むしろ太さを均一にする事を心掛けねば。
そしてヴォルド親方は「どうしても無理なら最終手段は線引きで引いた針金を細切れにするこった」と笑いながら言っていたけど、それって鍛冶師として言っていいの?
「針はな、先を尖らせて逆は潰して穴を開けてやりゃー形になる」 だって。まぁ確かにその通りではあるが。
「打ったとか引いたとかより気を付ける事があるんだ。それはだ、針の研磨時に横に転がさない事だ」
ヴォルド親方曰く、縦方向に細かく筋目状に鑢目が入る事で糸の繊維に干渉しにくくなるのだという。これはお針子組の報告で分かった事だとか。鍛冶師側だと傷一つ無い方が良いだろうと丁寧に研いでしまうもんなぁ。
そして 「これは上級編だな」 と言いながらヴォルド親方がトントンとハンマーを振るいアッという間に釣り針を作り上げていた。 「釣り針を作るなら、網針も作る事だ。タモ網が要るだろ?」 と言って追加の網針も作っていた。網は漁網だけでなく蔓性植物を植えた畑にも使えるし、巨大な虫や鳥の魔獣を捕らえるのにも使えるので便利。そしてバレーボールは普及していなかった。
針はスプーンより気楽に作る事が出来た。使い物になるかどうかは実際に縫ってみないと分からないけどね。一本打ったらヴォルド親方に確認してもらい、そこから先は気の済むまで針を打つだけか……。ちゃんと硬化もさせたので無理に硬いものを縫わなければそう簡単に折れたりしないとは思う。ただ、これが魔力を伝えながら縫える針という訳では無い。魔力を伝えるには方向を揃えながら何度も折り畳んで金属を鍛え、細く引き伸ばして針にしていく。パイ生地の様に層を作ると表現していたけど、俺にしてみたら日本刀の作り方を思い出す。この工法は “ 似パイである ” と呼ばれていた。円周を求める公式かよ。
この魔力を伝える針は魔導刺繍に使うんだろうからそのうち手配しておかないと。自作する必要はないだろうから、リンド=バーグさんに発注してしまった方が良さそう。リンド=バーグさんがダメならガルフ=トングさんだな。
「お針子仕事で針を使うんなら指貫きが必要だな。金属製なら小鍛冶師、革製なら皮革職人に頼むか革買って自作だ」
そんな道具もあったな。普段使わないから忘れてたよ。
「ミーシャ=ニイトラックバーグさんは指貫きはどちら派? 私は指先金属帽子を被せる派なの」
「ローザ=リオールさんは指貫き使うんですね。ボクは使わないか、使っても中指に革製の指貫きかな」
「お皿の付いた指貫き派の人もいるよね」
「あれ、便利なのかよく分からないな」
「編み物で棒針編みをする時に後ろ側から編み目が抜けるのがイヤなのよ。ミーシャ=ニイトラックバーグさんは編み物はする?」
「ボクはあまり編み物は得意ではないので…。でも後ろから抜けるのはあるあるです」
「抜け防止に良い方法が有るといいのにね」
「魔蛸やクラーケンの吸盤って編み棒にくっつかないかな?」
「何それ、編み棒に栓をするって事? 面白い発想だけど使ったことは有るの?」
「無いです」
「ねぇ、報告しに行こうよ。もしも売れたら凄い事になるよ。編み物関係で他には何か浮かんだ事って無い?」
輪編み用の後ろ側同士が鯨のヒゲ状の素材で繋がった棒針とか、目数や段数を数えるワッシャーみたいな形をしたカウンターとか、前世で見たことがある道具の事をポロッと言ったらローザ=リオールさんがめっちゃ食い付いてきた。つまり普及していないって事か。三つ揃えて登録案件になってしまった。




