第340話
ヤベーわ、この集塵の魔道具ヤベー……と心のなかで呟きながらロードナイトを砥石の上でクルクル回す。手が粉っぽくなってきたら拭き草を使って鉱石を拭い、手には『清浄』をかける。これ、『汎用魔法』で鉱石に付着している研磨滓の微粉末を除去する魔法を見つけた方がいいって事だよな。ここはやはり除去系だろう。鉱石だけでなく手指からも除去したいし。
底面が整ったところで鉱石を確認する。主にヒビ割れの有無の確認だ。不透明な鉱石だと表面から見ても内部クラックは分からないからね。
まぁ、光が透過する鉱石・原石でも磨くうちに内部クラックが見つかってガックリする時もあるし、それを味わいと思うか欠点と取るかは使い手次第だけど。俺は内部クラックのせいで石が欠けたりしなければOKという事にしているけど。インクルージョンを嫌う人もいるけど、それなら細長い金色のルチルの線が沢山入ったルチルクォーツや虫入り琥珀は認めないのか? って事にはならないの?
前世での体験なんだけど、綺麗なオレンジ色のカルセドニーを砂利の溜まる海岸で拾ったんだけど、ワクワクしながら研磨したらすっかり表面のオレンジ色が取れてしまった事があった訳ですよ。ちょっと調べてみたら単純に鉄サビ由来のオレンジ色がカルセドニーの表面に乗っていただけでした。元々は薄い黄色、生卵の白身色って感じの色だった。更に、表面にあったクラックから内部に鉄サビ色が染み込んでいたし。
磨かなければ綺麗なオレンジ色のカルセドニー原石で、研磨したら本来の色が出てくる。天然の表面着色ですよ。そこから大地の力 (もしくは人為的な技法) で加熱されたり加圧されたらもう少し内部に染み込むかもしれないけど。
そらからは水辺で拾ったオレンジ色の原石は磨かなくなったなーんて事は一切無く、研磨部分と非研磨部分の対比を楽しんでみたり、研磨前後の画像を残してガッツリ研磨したりも。まぁ、俺が楽しむんだから良しって事だよね。
まぁ、それはさておき目の前のロードナイト研磨だよ。底面の状態をノートに記入。先ずはザックリと形を出すところから。前世だったら油性ペンでザッと目標とする図形を描いたりもするけど、異世界なので使うのは魔物素材。クラーケン由来の【魔墨】に【護摩胡麻】の種から搾った油を燃やした時に出る煤を加えた特殊インクが存在する。これ、油性ペン並みに消えない。綺麗に消したい時は黒スライムに【護摩胡麻】由来の煤部分を食べてもらい、その後で【魔墨】を除去すればそこそこ白くなる。そしてこの特殊インクに名前は付けられていない。配合比率は個々の職人で違うとかで規格のせいで名前を付けるのを諦めたのだとか。まぁドワーフしか使わないから “ 混ぜ墨 ” で通じるけど。
俺は強引に木賊でマーキングを消せるから…と思っていたけど、 “ 混ぜ墨 ” を使ったら黒スライム処理しておいた方が間違いが起きないと注意喚起されましたよ。
職校はあちこちに “ 混ぜ墨 ” が置かれているので拘らない ( =調合するのが面倒くさい ) のなら置き墨を自由に使えるのですよ。まぁ一年生、二年生はそこまで拘らないので専ら置き墨を使う。補充される “ 混ぜ墨 ” は生徒や講師の好みの比率のものなので、運が良ければ自分にとって相性のいい “ 混ぜ墨 ” に出会えるのだとか。
たまに頭から “ 混ぜ墨 ” を被ってしまい、煤落としの為にも黒スライムプレイを楽しむ羽目になる生徒がいるので注意しないとな。スライムプレイはスライムに喰われるみたいに感じるらしく、かなりトラウマものらしいので体験はしたくない。
この砕石場の “ 混ぜ墨 ” は煤少な目の粘度高め。俺の好みではなさそう。そういう時は適当に追加配合して使ってもよし。追加するなら飛散した煤塗れにならない様に注意が必要だね。
新手の拷問、黒スライム攻め…って考えてたらこの拷問、実際にあるんだ。スライム攻めで最大級のものはそりゃあ勿論赤スライム攻めだわな。黒スライム攻めの拷問対象は産業スパイ。職人崩れが秘匿情報を盗もうとして捕まった時に体に落書きをしてそこに黒スライム。うん、悪趣味だわ。
“ 混ぜ墨 ” で雫型、ハート型、菱形を鉱石底面側に適当に描く。フリーハンドと言えば響きがいいかな。ハート型は左右対称がいいのか若干変形気味なのがいいのか…。描き終わったら四隅を落として成形していく。無理をして割れてしまったらダメなのでゆっくり丁寧に。暫くは単純に鉱石を往復させて削り落としていく。三つとも荒削りか終わったところで鑑定をかけておこうかな。
(鑑定)
【愛の囁き】1:心変わり中。中品質。雫型ラフ。
【愛の囁き】2:心変わり中。低品質+。ハート型ラフ。
【愛の囁き】3:心変わり中。低品質+。菱形ラフ。
ん!? 二号、三号の表示が変わった。若干品質が向上してるぞ。先にロードナイトだけ済ませようかと思っていたけど、これはウミユリの化石も成形しておいた方がいいかもしれない。だってこの集塵の魔道具の効果が凄いの何のって。お金を貯めて買うべきはこの魔道具だよ。ここまで大型でなくていいし。これ、内部の術式を変えたら除湿とかウイルス除去とかも出来ないかな?
ウミユリは勾玉にするので底面を削り落としたりはしない。表側のウミユリの化石が有る方を見ながら一回り大き目に勾玉の形を描いてやる。石灰岩も濡らせないし硬度も低いから荒削りするだけでも緊張するよ。特に尖端部分のシュッとなった箇所の内側のカーブが嫌なのよ!! 鉱石素材は違うけど意識しすぎて作業途中で折ったことも有れば、最終研磨時に欠けてしまった事も有る。そして穴開けを失敗した事もあるからな…。勾玉は苦い経験の塊ってことで。まぁそれって俺だけじゃないと思うけどさ……。




