第332話
「『恒温板(調理用) 鉄板もしくは陶板』は『コンロ』からの派生ではないのだな」
「そうですね。若干違うと思います。どちらかと言えばエールの保温の魔道具の方が機能的には近いと思います」
「本当にミーシャさんは面白いですわよ。エース=ミラン支部長、そうは思いませんこと?」
「フィオナ=ポーター女史にそう思われているとなると…」
「あらエース=ミラン支部長、それは昔の名前ですわよ。お止しになってくださいな」
何この遣り取り。フィオナお義祖母さまと商業ギルド支部長は過去に何らかの接点が有ったのかな?
「婆さんが魔道具開発局に在籍していた時の事務方の職員が商業ギルド支部長じゃったんじゃよ」
そういう接点ね。職場の同僚ってやつか。
「いやはや、血は繋がらずとも親子…いや祖母と孫という事ですかね、フィオナ=ラック女史」
「ふふ…、褒め言葉だと受け止めておきますわ」
商業ギルド支部長さんは学園卒からの職校で座学を修めた人。本人曰く「特に魔法学も職人としても秀でたところがなかったので、学んだことを活かすために総合職に就く事を選んだ」とのこと。努力の星の人でした。
「てっきり現役に戻られるのかと…」
「嫌ですわ、こんな年寄りを捕まえて…」
「でも、その『恒温板(調理用) 鉄板もしくは陶板』に興味があるのでは?」
「それはそうですわ。でも現役の知識や熱量には敵いませんことよ。体力でも負けてしまうでしょうしねぇ…」
「てっきり『調律の魔女』が帰って来てくれるのかと糠喜びしてしまいましたよ」
「それは何処の何方の二つ名でしょうねぇ?」
いや、それってどう考えてもフィオナお義祖母さまの二つ名だろ。
「おや、『立体交差の魔術師』の方がお好みでしたか?」
「エース=ミラン支部長、おいたが過ぎますわ……。打ちましてよ」
フィオナお義祖母さまの周囲の空気がブワッと膨らんだ気がした。
「いやいやここは一つ穏便に…」
「支部長はん、楽しそうですやん」
「楽しくない、楽しくないぞ!!」
「『無知打ち!!』ですわ」
フィオナお義祖母さまが指揮者がタクトを振る様に人差し指を軽やかに一振りすると、一筋の白い光が放たれ、ヒュンと曲がってパチンという軽い音と共に商業ギルド支部長さんのお尻に横殴りに直撃した。
「これがポーター氏族相伝の『無知打ち』なんやな。自分、初めて生で見ましたわ」
『無知打ち』は聞き分けのないポニーの尻を一つ二つ張り倒す魔法。属性的には光魔法で『ライト・ウィップ』の下位互換に相当する魔法だ。衝撃音は大き目だが攻撃力というか殺傷力はほとんど無く、軽く鞭を入れるって感じ。微調整でパリパリッと電流も追加出来るそうです。前世だったらバラエティ番組の罰ゲームに引っ張りだこになりそうな魔法だな。
本来は主にヒト族の間で主人が所有する従魔や奴隷の躾や懲罰に使う魔法だったらしいけど、ドワーフには奴隷を所有する文化はないので形骸的にポニーの鞭代わりに使っているのだという。色々と衝撃的にとられがちなので子供の躾に使うのは好ましくないとされている。
「それ、自分らだったら 「なんでやねん!!」 とか 「あほとちゃうん?」 と叫びながらハリセンアタックしてるやつですわ」
勿論、『無知打ち』に対しての反撃ではなく『無知打ち』に相当するツッコミを入れるって意味でしたよ。
ハリセンも芭蕉紙を蛇腹に畳んで扇状にしたもので、 “ 速き旋風 ” を略してハリセンという事だった。これもやはり大きい音はするけどさほど痛くはない。気を付けないといけないのは物理攻撃なのでエンチャントが乗ることくらいか? なので、商人の方々はエンチャントの乗らない特殊加工された芭蕉紙を使ってハリセンを作っているので安心です。
「支部長はん、そんな時こそ『反省のポーズ』ですやん。今やらんといつやるん?」
今でしょ!! と心の中で突っ込んでみましたよ。
「本当はこんな面白いものをハーレー=ポーターに託すのは不本意なのですけれど、私が作るより何倍も凄い魔道具に仕上げるでしょうからね。素直に譲ってさしあげなげればいけませんわ」
「フィオナ=ラック女史はハーレー=ポーターとは仕事上で直接の接点は無かったんでしたか」
「ええ。年が違いますもの。私が現役だった頃はあの子はまだ産まれていないですわよ。それともエース=ミラン支部長はそれも忘れるくらい記憶が次元収納されてしまったのかしらねぇ……」
記憶が次元収納…、何というか凄い例えだと思います。まだ記憶が戻せそうなだけマシだけど。
そうか、ホットプレートもハーレー=ポーターさんに開発依頼されるのか。まぁ、便利道具が増える分には問題ないし。完成したあかつきにはお好み焼きを焼きたいよね。ブタ玉はプラント・オーク玉でイカ玉はクラーケン玉なんだろうけどさっ。
「そうそう、カーン=エーツに依頼したい仕事があるんだが」
「何ですのん、支部長」
「この登録したてホヤホヤの『反省のポーズ』をだね、冒険者ギルドか酒場で流行らせてきて欲しいのだよ。『飲み拳』か何かと組み合わせてがいいと思うのだが」
「何頼んできますの。面倒いわー」
「流行りに乗ってこそ大商人ではないのかね?」
「嫌やわー、嫌らしいとこ突いてきますやん。しゃーない、請けましょか」
「カーン=エーツさんって『飲み拳』の必勝パターンとか必勝スキルとか持ってるんですか?」
「まぁ、無くもないんやけどね、露骨に使うと嫌われますねん。接待で上手く負けとくんならええんやけどね」
実は【真贋損愚】という商人の為にある様な目利きのスキルがあって、サッと物事の真贋を見極める目利きを使うと同時に【先読み】のスキルやここでは言えない秘密のスキルを組み合わせると、『飲み拳』程度なら勝負をコントロール出来るんだって。サイコロ勝負なんかも見極められるというのでカーン=エーツさん相手にイカサマは仕掛けられないという事だね。
そんなスキルを使い、上手く負けて『反省のポーズ』を流行らせてくる訳か……お疲れ様です。




