第276話
今日は商業ギルドで【蛇魚】の仲間を調理する日。ガルフ=トングさんが『スワロー』に滞在する最終日とも言う。面白がって様々なサイズの【蛇魚類裂き包丁】を作りまくっていたというけど、どこまで正式採用されるんだろうね。アリサお姉ちゃんが「リンドもそうだけど、使えなかったら鋳潰せるから…って言うんだけどね、そう言うわりに鋳潰さないよ。あれって、鋳潰す鋳潰す詐欺だよね」と愚痴をこぼしてた。
それを聞いたアッシュちゃんも「じぃじも次に組むんじゃ…と言ってお家が蔓だらけになってます」と語り始めた。素材に戻せるとか積み◯◯の言い訳を窘められてるのを聞くと俺も身につまされるんだけど……。
先ずは【蛇魚】作業から。取り敢えずガルフ=トングさんが捌くだけとも言う。納品してくれた人が血抜きをして絞めてくれていたのが有り難い。トップバッターは【海蛇魚】の牙種、鑑定結果では前世のハモ。確かハモって骨切りが必要だったよな。湯がくためにお湯は沸かしておく。お湯は使わなかったら温泉玉子作りに回せるし。
「俺、前に【海蛇魚】の牙種を食べたことがあるけど、小骨が口に残って好きじゃなかった」
あっ、やっぱり。骨切りの話を持ち出すのにどうしようかと思っていたけどホーク=エーツさんが上手いことその小骨情報を出してくれた。
「そうなの? この前食べたスネちゃんとは違うんだ」
「前回みたいにタレに浸しながら焼くつもりだが、小骨はどうにもならないな」
「あの、こうやったら小骨を切れません?」
と言いながら普通の包丁を使って適当に骨切りをしてみる。前世のTVで見た板前さんは確か二〜三ミリ幅位で切れ目を入れてたな。ジャッジャッと骨を切る音をさせながら皮まで切り落とさない様に…、って意外と皮まで到達しない!!
「試し切りみたいで面白いな」
「皮を残したミンチの手前といった感じか?」
「木材の挽き曲げ加工の様じゃのう」
「これもタレ焼きにしてもいいけど、お湯で湯がいたらサッパリと食べられそうです」
「確かに全てを同じ様に焼いたら飽きるかもしれないのぅ」
「私は平気だよ」
「蛇さんみたいなお魚も不思議な形の包丁を使うと背骨が取れるんですね」
「小骨を切ったら試しに一口大に切り分けて。あ、実験なので数切れだけ切りますよ」
そう言いながら何切れか切り取る。まぁこのハモは全長が八十センチメートルくらいあるし、三枚おろしにしたので左右に分けた身の量も十分にある。湯引きが不評だったとしても、そこから蒲焼き・白焼きに移行しても問題ない。切り身を沸騰したお湯に落とすと底まで沈み、身に入った切れ目が開いて花が咲いた様になる。そして火の入った切り身が浮き上がってきた。
「綺麗…」
「蛇のお魚がお花になりました」
「あ…、氷水で締めた方がいいかも」
「どれ、儂の出番じゃな」
氷水で締められた湯引きハモをザルに引き上げる。灰味がかった薄茶色の皮に対し、白い花が咲いた様な身が美しい。
「そうだな。ホーク=エーツに試食してもらおうじゃないか」
「俺?」
「前に食べた時の小骨の口当たりとどう違うか感想が聞きたい」
「これ、そのまま食べるの?」
「ボクだったら塩【リモー】にするかな。【リモー】を絞って、少し塩を付けて食べてみてはどうでしょう?」
こういうのって、梅肉ソースだけでなくわさび醤油や抹茶塩なんかでもイケるんだけどね。残念な事に今ここにはどれも無いんだけどな。
「では……、んむっ、 これ小骨感が消えたぞ。生臭みも無いし、ほんのりと身の甘さも感じる。塩と【リモー】でサッパリだけど、俺は塩だけの方が好みだよ。エールにも合うよ」
「これは魚の見た目に反して上品な味わいだぞ」
「私は【リモー】バターソースがいいかな」
「アッシュは無理しなくてもよいのじゃよ」
「小骨、大丈夫です。ミーシャねぇねは凄いです」
「ボクも一口…、うん、美味しい。これ、スープの具にしてもいいかも」
ハモのお吸い物ってあったよね。それとなく誘導しておこう。
「残りも先に捌くか」
「そうだな。ガルフ=トング、任せた」
ガルフ=トングさんが【蛇魚類裂き包丁】を取り替えながら【海蛇魚】ことアナゴ、【大蛇魚】ことウツボと捌いていく。サイズの関係でアナゴはウナギ同様に背骨を外した開きにし、ウツボは三枚おろしにする。頭と背骨は三匹分寄せてある。後で出汁を取る予定だ。
【川底小枝】ことドジョウは頭を落としてから開きにしてもらった。しっかりドジョウサイズの包丁も作ってるし。そこまで拘るか? ドジョウは小さいから背骨は残していてもいいと思う。本来の柳川鍋だと丸ごと煮ていた様な気もするけどな。
「それでどう調理するんだ?」
「うーん、普通の【海蛇魚】はこの前みたいに【粗相豆】のタレ焼きかな? 焼かずに煮付けても良さそうですけど。【大蛇魚】はさっきみたいに骨切りして唐揚げがいいと思います。【川底小枝】はちょっと冒険したい調理方法を思い付きました」
「冒険?」
「【川底小枝】って少し泥臭いというか土の香りがするというか…。ボクはそこまで気にしないんですけど」
「そこがあまり好まれない理由じゃな。素揚げにしたら気にならなくはなるがのう」
「ボク、今日は【川底小枝】に合わせる為にエルフの野菜を手配しました。これです!!」
テテレテッテテー!! お高いゴボウ(ダミ声) 心の声と共に右手でゴボウを高々と掲げる。
「それはエルフの木の根こと【強情菊の根】だね。昨日発注してたのってミーシャだったんだ」
「ふふ…そうです。ボクの注文品です。これは独特の風味がするんです。そしてその風味が食材の土臭さとか獣臭さなんかを打ち消してくれます」
「野菜なのにデバフスキル持ち!?」
「アリサ、落ち着け」
「じぃじの籠の材料みたいです」
「それは【獅子菊花】の仲間の根じゃよ。エルフが好んで食べたり、干したものをお茶にして飲んでおるのじゃ」
【獅子菊花】は名前の感じからして多分タンポポだろう。そして流石パイク=ラックさん、植物に詳しいだけあってゴボウ情報もバッチリだな。




