第272話
まさかエルフ領からゴボウを輸入というか購入するのに銀貨五枚もかかるとは思わなかった……。クソッ、絶対にトンブリを輸入させてやる。食料が無理なら【魔海鞘】ランプでも【スライムの死核】アクセサリーでもいいけどさっ。
それより、オロール先生の持ってる食材ってドワーフ領内だと高級品だったんだな……。
ちょっと待って!! エルフ領内だと蕎麦も食べられているとか言ってたけど、脱穀前の蕎麦を手配したら大変な額になるんじゃないか!? 前世だと袋入りの茹でそばが百五十グラム前後だったか…。って事は、茹でそば一袋が銀貨数枚しちゃうの? ゴボウのかき揚げを乗せた蕎麦が金貨一枚するのなら諦めもつくな。
何と言うか、一杯の蕎麦を分けて食べる話を思い出した。
それはさておき、商業ギルドでホーク=エーツさんから「冒険者ギルドの中の飲食スペースが面白いことになってるから行ってみるといいよ」と言われたので覗いてみることにした。
・・・・・・
「飲ーみ飲み飲み、飲み拳ホーイ」
「クソッ…」「やったぜ!!」
はっ!? なにその変な掛け声???
「ミーシャ=ニイトラックバーグさん、あれは先日爆誕した【飲み拳】ですよ」
冒険者ギルドの受付嬢さんがにこやかな笑顔でそう教えてくれた。爆誕犯は貴女の目の前にいますよ。
「そうなんですね」
「魔法バトル・カードゲームとは違って手ぶらで遊べるのが良いみたいです。 “ 飲み ” と名が付いているのも手伝って、賭け飲みにも使ったりしてるみたいで…」
はい、知ってます。前世でも 「アウト!!セーフ!!よよいのよい!!」 でしたから。
「賭け飲みって、今の時間帯だと冒険者ギルドはアルコール提供は……」
「ええ。ですので日中は乳清や野菜ジュースの賭けに使われてますよ。『ハッピー泡タイム』では皆さん戦われませんけど」
『ハッピー泡タイム』は気持ち格安でエールが飲める時間帯なので、そこでは賭けないのか…。
♪ フロッグ、マンバ、ヒル
魔獣が飲むなら 俺も飲む
飲ーみ飲み飲み 飲み拳ホーイ!! ♪
やべぇ…、野球拳の歌じゃないけど妙な歌詞にメロディーが付けられてる。魔法バトル・カードゲームはトレカの対戦じゃないけどルール次第で魔法の複合とかも出来るから、遊びにしては戦略的過ぎたりするんだよね。
「でも、酒代の支払い権を安易に掛けていいんですか?」
「なので、皆さん乳清やイヤガラセの野菜ジュースをメインに賭けられて楽しまれていますよ。お酒を賭けるのは最初の一杯くらいですね」
あら、意外と紳士的。ノリを楽しむって感じなのかな。
「そのお陰で野菜ジュースの販売数が爆増してるんですよ。売り上げアップで冒険者ギルドとしても喜ばしい限りです」
「はは…、そうなんですね。健康増進にもいいんじゃないですか?」
「ミーシャ=ニイトラックバーグさんもそう思います? そうですよね!!」
その数日後、酒が飲めない者に無理に勝負を持ち掛けないこと、無理矢理勝負を持ち掛けて酒代を全額負担させないこと、クルラホーンは『飲み拳』勝負に参加できないこと、ポーションや回復薬を対象にしないこと、等の基本ルールが決められていたよ。
折角冒険者ギルドに来たので依頼等が貼られているボードをチェックする事にした。まぁ、俺が何か請ける訳ではないんだけど。いわゆる情報収集の一環って事ね。薬草の納品依頼や魔石の納品依頼何かが貼られている。バニー・カチューシャ【ハニー・バニー】の製造もあってかホーンラビットの納品依頼も有るよ。
変わり種はパタパタ鼠の尻尾の納品。畑を荒らすパタパタ鼠の尻尾の毛は筆の材料になる。そしてパタパタ鼠は尻尾を切り落とすと畑を荒らさなくなり、畑の害虫を食べる益獣になる。切り落とした尻尾は一・二年もすれば再生するのだ。
捕まえ方は雷魔法を当ててショックで動けなくなったところを捕獲して尻尾を切り落とすか、地面に穴を掘って逃げようとしたところに土魔法で穴の回りに土壁というか箱を作って逃げられなくしたところを捕獲するとか、風魔法で尻尾を付け根から切り落とすとか……、その気になれば遣り方はいくらでもあった。餌を仕掛けた籠罠でも捕れるし。
そんなパタパタ鼠を使った慣用句は『パタパタ鼠の様な奴』だ。文字通り “ 犯罪と更生を繰り返す輩 ” って意味です。店の売り上げをちょろまかしてはバレないうちに補填する奴もパタパタ鼠と呼ばれるけどな。アリサお姉ちゃんが言うには「暴力と優しいのを交互に繰り返す男性もそう呼ばれるよ」だったな。この世界ではDV野郎もパタパタ鼠なのか…。
で、俺が気にするのは商品入荷情報。今回の目玉商品は……これ、アタリじゃない? 【時刻みの尖晶】と【磁鉄】。買う買わないは置いておいて職員さんに説明してもらおう。
「【時刻みの尖晶】は『マウンテン=ペアー』領からの持ち込み品です。今回は大・中・小、各サイズが入荷しております。【磁鉄】は『ネオ=ラグーン』領内で採れたものですね。小さいものですが質は良いです」
(簡易)【時刻みの尖晶】: 先端が尖った振動する石。正確に時間を刻むので時計の指針に使われている。
(鑑定)【時刻みの尖晶】: 先端の尖った水晶。振動する。正確に時間を刻むので時計の指針に使われている。天然物と人工物がある。
まさかこの世界で水晶の振動が時計に利用されているとは思わなかった。ただ、前世のクォーツ時計とは違って魔法陣と組み合わせて時計化されていてた。
(簡易)【磁鉄】: 磁力を帯びた鉄。
(鑑定)【磁鉄】: 磁力を帯びた鉄。方位計や魔力方向器の材料。
こっちも前世同様に方位磁針の材料だけど、魔力方向器って何???




