第267話
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、今から学園に行こう。その前に商業ギルドだな」
【伸縮環】を指で飛ばした事がそれほどにも大事なのか分からぬままに、校長先生に連れられてまずは商業ギルド。これ、何度目?
「支部長に校長が大至急面会したいと伝えてもらえないだろうか?」
「ご要件は?」
「 “ ウリーカ ” だと伝えて貰えば」
「はい。ウリイカですね。お待ち下さい」
瓜烏賊? 新しい料理か何かなの? 待つこと数分。支部長室の更に奥の間に通された。
「支部長、S・Lで」
「ウリーカのS・Lだとは。それ程の内容か?」
「支部長に説明したら直ぐに学園行きだ。実は……」
校長先生が【伸縮環】を取り出しながら、俺が輪ゴム指鉄砲を飛ばしたところを目撃した話を商業ギルド支部長さんに伝える。支部長さんの髭に覆われていない部分が青褪めてきている様に見えるのは気の所為???
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、この部屋は今、防音魔法と施錠魔法が掛かっている。なので君がやらか……やった事を見せてくれないか?」
今、 “ やらかし ” って言おうとしたよね?
「はい。先ず指をこう横倒しのL字にしまして……で、【伸縮環】を掛け、飛ばします。それだけです」
ぴよーーん と飛んでいく【伸縮環】。何度飛ばしてもこれが大騒ぎになる理由がわからない。
「物理攻撃なのだな」
「そう言ってましたよ」
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、疑う様で申し訳ないが、スキルオフの魔道具とアンチマジックの魔道具を装備した状態でもう一度お願いできないだろうか?」
「はい。いいですよ」
「どちらも検定用で囚人用ではないからね。気を悪くしないで欲しい」
知らない魔道具を使うのってちょっとワクワクするよな。異世界の人達がスキルも魔法も封じられるって事に対する感覚が俺には分からない。だって転生前に戻っただけだもん。
「適当な魔法やスキルを試してみてくれ」
封印状態か否かサッと確認できるのは鑑定系と『汎用魔法』の何か。ヤベぇ……鑑定さんが仕事しない。前に『関所の集落(仮)』で【スライムの死核】を研磨した時にリンド=バーグさんからそんな話を聞かされたけど、本当にスキルオフされるんだな。そして転生チートは本当に無効化されないんだ。そして『給水』も発動しない。投獄されたら自力で水出せないんだ。まぁ俺の場合『次元収納』に水を隠しておけなくはないけど。
俺がスキルも魔法も使えなくなっている事が確認できたところで再度輪ゴム指鉄砲を発射する。正真正銘、物理攻撃。単なる子供の遊びです。
「確かに誰でも出来るただの物理攻撃だったか…」
「これは……。今から学園に参りましょう」
商業ギルド支部長さんが何かの魔道具を起動させる。封印用の魔道具は外して返した。悪用されると危険な物なので支部長さんが直ぐに自身の次元収納にしまい込んだ。そして直ぐ様、三人で学園に移動する運びとなった。
・・・・・
「校長、商業ギルド支部長、こちらへ」
「学長、急で申し訳ない」
「いや、仕方ないでしょう」
そしてもう一回、学長室で指鉄砲を実演。学長先生が「なぜ我々はこれに気付かなかったのか…」と言うと頭を抱え込んでしまった。
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、申し訳ないがこの事は他言無用でお願いしたい」
「はい。でも何が問題なのか教えていただけませんか?」
「ミーシャ君は事の重大さに気付いていないようなので説明が必要ですな」
「先ず、この指弾モドキが物理攻撃の一種であることは理解できるね?」
「はい」
「物理攻撃には一定の付与を上乗せ可能な事も理解出来るね?」
「はい。やったことは無いですけど理解しています」
「先程の試技、あの程度だとフニャッとした威力だが、調整次第で殺傷力が生まれるのは理解出来るかね?」
「は…い」
あ…ら……? 何というか輪ゴム指鉄砲が銃器に進化しつつあるのではなかろうか?
「これは指弾モドキというよりは指弩弓ですな」
「それもポケットに片手を隠した状態でサッと準備できる」
「もし私が暗殺者だとする。ターゲットの隣に立ち、ポケットに手を入れて【伸縮環】をセット。そしてターゲットの頭にゼロ距離でパンッ…」
ヤバい!! 魔法の存在する世界だと只の輪ゴム指鉄砲が本当の銃器に変化するじゃないか!!
「あっ!!」
「そういう事だよ」
「魔弾の射出なら魔力なり魔法なり魔道具なりが必要になるし、魔法やスキルの複数掛けは少々手間だ。それを考えればこの指弩弓は五歳児でも打てるのが問題だ」
「獣の人達は打てそうかね?」
「それは、左の人差指の先に引っ掛けて右手で【伸縮環】を引いて離せば打てるでしょう」
「となれば、引っ掛けるのは指でなくてもよい…と。それこそ板に釘を複数本打ち付け、そこに【伸縮環】セットしロックを外せば連射も出来ますな」
魔獣やゴブリンなんかを相手にするだけのドワーフ界隈ならいざ知らず、ヒト族の手に渡ればアッという間に殺戮兵器の出来上がりだ。
「これは、早々に改修の必要が」
「錬金術ギルドに報告しましょう。一旦作業を止めてもらわねば」
「現在、【伸縮環】の流通は?」
「試用として髭エクステの取り付け部分に使われているだけです」
「何とかなりそうだな」
・・・・・
「これはこれは御三方、緊急事態とは一体!?」
「錬金術ギルド支部長、大事件が起きました」
そして本日三度目の輪ゴム指鉄砲の披露です。俺が説明しなくてもよくなっているので、実演も少しだけ楽になってるけれど。
「これは含浸素材の改修が必要ですね。取り敢えず今作っている【履筒】から出る端材は破棄してしまいましょう。誰も製品を解体して輪切りにしようなどとは考えないでしょうし」
「髭エクステは?」
「それは着脱は専門店でという事にいたしましょう。まだ試供品であり無理に着脱すると髭の付け根が痛むと言えば無理はしないでしょう?」
「ヒト族と違い、王侯貴族が居ないのは幸いしました」
「いの一番に献上しろ等とは言われませんからな」
「今回の様なケースも更なる改良点が見つかったと発表すれば、我々ドワーフは改良品が出るまで待ちますし」
「いやはや、最悪の事態に発展する前で本当に良かった。これを発見してくれたミーシャ=ニイトラックバーグには感謝しないといけない」
後にこの輪ゴム指鉄砲事件は『伸縮事変』と呼ばれる事になる。




