第266.5話
リンド=バーグさんの家でガルフ=トングさんとリンド=バーグさんが激しく口論していた。俺の中ではあの二人は鍛冶師としてはジャンルは違うものの互いにリスペクトしている扱いだったからちょっとビックリ。
「リンドとガルフ=トングさんは『タグルバトル』談義で盛り上がってるだけだから。ミーシャちゃんは『タグルバトル』って知ってる」
いいえ、分かりません。
「ボク、初耳です」
「『タグルバトル』は『スワロー』と『スリーストライプ』との間で行われるバトルだよ」
「バトル…ですか?」
「そう。『スワロー』の住人と『スリーストライプ』の住人とがプライドをかけてバトルするんだよね。あの二人は生粋の『スワロー』っ子と『スリーストライプ』っ子だった……」
アリサお姉ちゃんの説明によると、『タグルバトル』は「黙れ!」 と叫びながら中心に印の付いた縄を手にし、自陣に手繰り寄せるバトルの事だった。…ってそれ、綱引きじゃないか。
「綱を引っ張るんですか?」
「そう。バトルタイム終了時に綱の中心の印を自陣に引っ張り込んでいたら勝ちだよ」
『スワロー』と『スリーストライプ』を繋ぐ街道沿いのちょうど中心の位置に簡易宿泊施設があり、そこが綱引き会場にされる事が多いのだとか。まぁ、公正に判定してくれる審判さえいればどこでも勝負は出来るみたいだけど。
「でも何でバトルをするんですか? 二つの都市の仲が悪いわけじゃないんですよね?」
「何でかは、そうだなぁ…同族嫌悪という訳ではないんだけど。伝承だと確か鍛冶師の兄弟喧嘩だったかな? 双子の言い争いみたいなのが発端だったハズ」
「ボク、聞いてきます」
「リンド=バーグさん、ガルフ=トングさん、『タグルバトル』って何ですか?」
「あ、ミーシャか」
「それは『スワロー』と『スリーストライプ』を巡る熱い戦いだな」
――――――
その昔、双子の鍛冶師が些細なことで喧嘩になり袂を分かった二人は、兄は『スワロー』、弟は『スリーストライプ』に居を構える事となる。喧嘩の発端は一本の鉈。兄は大鍛冶師の武器を打つ技法で鍛えた方が切れると言い、弟は小鍛冶師の包丁を打つ技法で鍛えた方が切れると言った。二人の争いを嘆いた鍛冶神トンカは一本の綱を二人の前に投げ落とし「どちらの鉈がこの綱を切ることが出来るか勝負するがよい」と言い放った。
二人は互いに素晴らしい仕上がりの鉈を作り上げ、互いを侮辱する言葉を口にしながらトンカ神の綱を切ろうと順に鉈を振り下ろす。……が、どちらの鉈もその綱を切ることは出来なかった。
二人の前に姿を現したトンカ神は「黙れ!! これは神絆鋼で作られた綱である。兄弟の絆というものは神絆鋼と等しく誰にも切ることは出来ない。何故、お互いが素晴らしい仕事をやり遂げた事に気付かないのか」と告げる。
双子の兄弟は反省し互いを許す。鍛冶の神様トンカ神の叱責を忘れないために『スワロー』と『スリーストライプ』の住人達は中心に印を付けた綱を作り、それを「黙れ」
と言いながら引き合う勝負をトンカ神に奉納する事となった……。
―――――――
「ちなみに、綱の中心の印というのが振り下ろした鉈で付いた傷を表しているんだ」
まさか綱引きの由来が兄弟喧嘩だったとは……。
「それで、実際のところはどちらの製法の鉈の方が切れるんですか?」
「どちらも切れるぞ」
「えっ!?」
「鉈だからな」
「それよりだ、大小鍛冶師が協力して新しい刃物を作り上げ、それで細長い【蛇魚】を捌いたという事が凄い事だと思うんだがどうかね?」
「それだよな。俺は『スワロー』、ガルフ=トングは『スリーストライプ』出身だ。トンカ神も笑っておられるだろう」
「何だか凄い話ですね。それでお二人が『タグルバトル』をしたらどうなるんですか?」
「そりゃあ、『スリーストライプ』の事を罵るな」
「『スワロー』には負けられんね」
「神事ってことですよね?」
「神事というより一種のお祭り騒ぎだからな」
「一年の勝敗を決める大事な勝負なんだよ」
「大事な勝敗?」
「負けた方の都市のエールの値段が少しだけ高くなるんだよ」
「それだけなの!?」
「それだけだよーって、それ、とっても大事なことだよ!!」
「『スワロー』だと銅貨九枚だけど『スリーストライプ』なら銅貨八枚…って感じだけどな」
「それは結構違う!! 年間だったら樽が六つくらいの差ですか?」
「十かな?」
「十樽は差が出るだろ」
「少なく見積もって八樽、多くて十二樽かね?」
これ、大樽でって事だよね?
「その差額の代金ってどうなるんですか?」
「神様に届ける」
「二都市合同でのトンカ神へのお賽銭って体裁だよ」
「そうだったんですね。それで、今年はどちらの街がお賽銭担当なんですか?」
「『スワロー』。リンドが単身赴任した年からずっと『スワロー』がお賽銭担当」
「まさか…だったな」
ちなみに酒代にはお酒の神様チャン=ポーン神へのお賽銭は含まれているので安心して飲めるのは言うまでもない。




