第265話
今回は職校の校長視点の回です
「校長先生、お手すきだったら厨房までいらしてもらえます?」
「分かった。今行こう」
私は厨房スタッフに呼ばれた。時々、新メニューの試食確認のため厨房に顔出しはしているのだか、今日はなかなかハードだった。何せ新メニューが派生とはいえ、いきなり五つも提示されたのだから。それも結構重い。いや、学生には丁度いいのか……。重いとはいえ一つ二つは食べねばならない。出来れば昼食前に試食したかった。
「校長、これは学生から提案されたメニューです。基本マヨトーストで、派生で四つのメニューが生まれました」
「ふむ…どれを食べればよいかね?」
「そうですね、土手マヨ卵とマヨ卵ベーコンですかね。四つ割りにしましたので、そこまでお腹に溜まらないかと」
最初に土手マヨ卵と呼ばれた物を口にする。香ばしく焼けたパンに油を染み出しながらふんわり焼けたマヨネーズ。白身にはしっかり火が通り黄身は程よく半熟。パラリと振られている岩塩が味のアクセントとなる。黄身のほうから齧り付くと口の中に何とも言えない風味が混じり合った。
「これはなかなか美味いな。エールが進む」
「市井の食堂ならここに粉末状のドライハーブを散らしたり、【長胡椒】を振れば付加価値が上がります。土手マヨにチーズも良いかと思われます。それこそ、長パンを用意しそこに様々な具を乗せて焼けばパーティー仕様になることでしょうね」
「確かに店ごとでバリエーションが楽しめるな」
「職校ではマヨネーズも手作りしておりますので、そこでも作り手ごとに差がつけられます」
「では、次はマヨ卵ベーコンを頂こう」
マヨ卵ベーコンは刻み茹で玉子をマヨネーズで和えたディップで、パンの上に二本ベーコンを置き、パンが見えている場所にマヨ卵ディップを置いて焼いた物だ。マヨ卵ディップのオープンサンドを焼いた様な物だな。土手マヨ卵ほどのクドさもなくベーコンの旨味も程よく感じられる。個人的にはこちらの方が好みだ。そしてエールが欲しくなるのは変わらない。ヒト族なら白ワインを合わせるだろうか?
「サンドイッチを思い起こさせるな。これにもアレンジが有るんだろう?」
「勿論です。先ほどのドライハーブや【長胡椒】は当然有るとして、ベーコンの位置に野菜を配置したり、ベーコンの代わりにソーセージを使ったり出来ます。勿論、チーズもですね」
「野菜か…」
「玉葱、【春筆】、【茄子花芋】、【王芹】、【緋茄子】、他にも茹でた豆とかですかね。土手マヨ卵よりバリエーションは多くなりますよ」
「それは調理人の手腕が問われるな」
「まぁ、ここは職校の食堂ですからね、そこまではしませんよ」
「それでこのメニューは学生の発案だとか」
「ええ。三人組の一人にお昼前に「お金を払うから試作してくれ」って頼まれましたから。材料と手間賃込みで銀貨一枚〜三枚の範囲で追加メニューで出そうかと思いましたので、校長に許可を頂くために試食して頂きました。エールの追加購入と同じ扱いですよ」
「許可しよう」
「学生さんが言うには、【魔鮪魚】や【猫追魚】の身の油漬けのほぐし身とマヨネーズを和えてみたり、【サモン】を合わせてみたり、マヨ卵ディップに添える野菜には髭無し【穂先黍】を使うとか、味変に【粗相豆】汁を垂らすと美味しいだとか……」
髭無し【穂先黍】に【粗相豆】か。何だか嫌な予感がする。何と言うか、問題児の匂いがするのは気のせいだろうか?
「その学生というのは……」
「エルフ先生と仲良くしてましたよ」
ああ、彼女か……。
「それで、これは市井にも流すのかね?」
「勿論ですよ。職校生徒の考案メニューだとアピールしたら直ぐに広まりますよ。だってあのヒントをくれた学生さん、学園にも籍がありましたからね。先に職校アピールをしないと学園側に考案メニューを取られますよ」
二重学籍、もう彼女で確定だ……。そして学園発メニューより職校発メニューの方が市井の食堂には受けがよい。
「では、商業ギルドと農業ギルドに報告してこなくては。【コカコッコの祝福卵】の消費量も増えるだろう」
いやはや、また面倒…いや頭を悩ませる案件だ。いやいや、喜ばしいことなのだがね。それより流通名をどうするかだ。土手マヨは卵を防御で『卵防』だろうか?流石に『守卵』は……『卵置』も有りなのか。何と言うか僻地赴任時の暇潰しを思い出してしまったな。マヨ卵ディップは『混卵』『撹卵』いや、どれにするか悩むほどアレンジがあるのなら『迷卵』でも………。しかたあるまい、商業ギルドと農業ギルドを巻き込もうではないか。
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「校長、今よいですかね?」
「ヴォルド親方、どうかしましたか?」
「校長はドワーフの覚えるべき三大スキルは何かと学生に質問されたらどう答えますかね?」
「うむ……、生きる為なら『キーボックス』、『注水』、『換気』で、そうでなければ『キーボックス』、『無礼コール』、『浄化』ではないかね?」
「いや、今日の作業中にですね………」
ヴォルド親方が質問の経緯を説明してくれた。
「でヴォルド親方の回答は?」
「俺は『キーボックス』、『無礼コール』、『肝臓空前』ですよ」
「それはまた変わった組み合わせですな」
「よく言われますよ」
そう言うとヴォルド親方はガッハッハと豪快に笑い飛ばす。良くも悪くも分かり易いドワーフの鍛冶師だ。
「それはそうと、校長は野外で土魔法なしで水を飲むとしたらどうします?」
「それも学生の質問かね?」
「ええ」
「土魔法なしで…と言うことなら、魔法なら水魔法『渦潮』を極小発動させてそのまま飲み込む、風魔法なら『旋風』を極小発動させてそこに水を注いで飲む。或いは『汎用魔法』の『妄杯』でしょう」
「『妄杯』は便利ですからな」
そしてヴォルド親方が私に会いに来た目的は、三大スキルの話をすることでも水を飲む為の方法の話をすることでもなく、授業中に作ったスプーンの納品だった。




