第264話
「何だお前ら、鑑定使わないで作業したのか」
「えっ!?」
「まぁ、使わなくても作業出来ない訳じゃないからいいんだがな、折角鑑定系のスキルを持ってるんならちゃんと使いこなせよ」
「うっかりしてました」
「使っていいんですね」
「基本、スキルにしろ道具にしろ使うなと言われたもの以外は何を使ってもいいんだぞ」
「ハイッ、分かりました」
「で、マークとゲイルと…ハンナ、お前らも作業前の素材確認を怠ったろ?」
「でもスキルオフって聞いたので…」
「そんなのはだな材を炉に入れる前の一瞬で見とくんだよ。作業前ならギリセーフだ。スキルオフの開始前にやれる事はやっておくのが勝利への近道だ。あとデニス、ヒヨッコなんだから無理しないで鑑定しろ。後、工具も時々鑑定しとけよ。たまに破損してたりするからな。鑑定したらちゃんと出る。鑑定のレベルが簡易や微弱でも工具が破損してたら結果に出るから安心しろ」
俺達だけじゃなかった…。これはあれだな、「◯◯よーし」の指差し確認が効果的なやつだろ。『対物簡易鑑定』でいいならサクサク確認出来るな。試しにやってみるか。
「炉 よーし」「換気 よーし」「ハンマー よーし」「金床 よーし」……
指差し確認しながら『対物簡易鑑定』をしては「◯◯よーし」と口に出していく。
「ミーシャ、何を口走ってるんだ?」
「ヴォルド親方、今、鑑定で工具類も確認すると教わったので、『対物簡易鑑定』して異常なしの結果の出た物を指差ししてました」
「で、工具名を呼んでいたのは?」
「沢山有るので間違わないようにです。工具以外でも何を鑑定して確認したのかが自他共に分かりますし」
「それ、良いんじゃねぇか?」
流れ作業的に「よーし」を口走って実はチェックしてません! のミスが起きる可能性があることは伝えなかったけどね。 ヨシッ!
「ヴォルド親方、質問いいですか?」
「ミーシャ、何だ?」
「鍛冶と直接関係する訳ではないんですが、ヴォルド親方がドワーフならこれだけは覚えておけってスキルを三つ教えてください」
「そうか、それだったら……『キーボックス』、『無礼コール』、『肝臓空前』の三つだな。これがあったら何とかなる」
「親方、解説お願いしまーす」
「まず、『キーボックス』を持ってない奴………はいないな? いたら挙手しろ」
流石に『キーボックス』は全員取得済み。
「次に『無礼コール』、これは持ってる奴は挙手しろ」
五年生以上の先輩達に三人スキル持ちがいた。
「『無礼コール』は鑑定スキルの一種で、個人名と種族のみが表示される。鑑定対象が何らかの理由で偽名や種族の偽装を行っていた場合、偽名・偽装種族名が表示される。つまり、今呼んでもらいたい情報が表示される訳だ」
「親方、何で『無礼コール』が大事なんですか?名前が見えるだけですよね」
「バカヤロウ!! 飲んだ席で相手の名前が分からなくなったら失礼だろうが!! それに今みたいに生徒がウロチョロしてたり飛び入りが来たりしても名前が分かるんだぞ。名札を付けてても角度で見えない事もあるし、危険な時は一々顔も名札も見てられねぇ!! 大体俺らは全員似たりよったりの髭面だろうが。まぁ、指導員やギルドの職員なんかは種族関係なく取得してるハズだ」
それでヴォルド親方はサッと名前を呼べたのか。別に全員の名前を覚えてた訳じゃなかったんだ。
「で、『肝臓空前』は悪酔いしなくなるスキルだ。大酒飲みが出来るようになるスキルじゃないから気を付けろよ。持ってるやつは……いないか」
それこそ『肝臓空前』はホーク=エーツさんが覚えるべきスキルなのでは?
「次元収納とかじゃないんだね?」
「多分、マジックバックがあるからじゃない? 小物は『キーボックス』で何とかなるし」
「俺、かあちゃんに『汎用魔法』の『注水』だけは覚えておけ。これがあったら死なないからって言われたぞ」
「私はお爺ちゃんから『換気』って教わったよ」
ヴォルド親方には悪いけど、『肝臓空前』より『注水』の方が大事だと思います。
「『無礼コール』は鑑定から生えるから、名前だけ見る様に絞って鑑定を掛けてたらそのうち生えてくる。これは使った相手の名前と種族名しか出てこないから無断使用してもトラブルにならない唯一の鑑定スキルだ。素性鑑定は掛ける相手を少なからず疑いの目をもって掛ける訳だが、『無礼コール』は名前の呼び間違いをしない為の鑑定だ。トラブルって言ってもせいぜい仲良しだと思ってたのに名前を覚えられてなかった…という理由でケンカになる程度だな」
「で、親方が『無礼コール』を覚えてて良かった!! って思った瞬間は?」
「そりゃ、ベッドの中でカミさんの名前をちゃんと呼べた時……って違うわ!!」
それはオトナのオトコの諸事情だ………。
「もう無いか?」
「ヴォルド親方、ボクは外で水を飲む時に土魔法の『土器』でコップを作るんですけど、土魔法を使えない人ってどうやって器を工面するものなんですか?」
「ミーシャ、お前の質問、面白すぎるだろ。ここに土魔法の取得無しはいるか? いたら挙手だ」
流石に鍛冶を習いに来ている面々に土魔法無しは居ない。
「よしっ、俺がみせてやろう。『妄杯』だ」
ヴォルド親方が左手の親指と人差指で盃を持つ様な形を取ると、そこに半透明の赤い盃状の物体が現れた。
「妄想上の盃ってことで『妄杯』な。『汎用魔法』だから魔力消費が少なくて済む。『土器』と違って廃棄の手間も不要だ。まぁ、エールを飲むんなら『土器』の方が美味いんだが…」
クイッと『妄杯』を傾けるヴォルド親方は、前世の映画で見た酔拳の使い手
の様だった。




