第263話
気張って作業していたせいか、あちこち固まってる感じがする。俺、『鍛冶(初級)』を持ってるとは言え、そもそもが転生時にセットした “ 転生者が好き勝手に選んだスキル ” なので全くと言っていいほど使いこなせてないもん。皆みたいに “ 遊んで ” 生やしたスキルじゃない。それでも見当違いの場所にハンマーを打ち落とさない辺りがスキルの補正が入った結果なんだなぁ…とは思った。ストレッチしてから土魔法と『汎用魔法』とで給水タイム。クリス君とローザさんも同様にしていた。それよりも土魔法を使えない人はどうやって給水の為のコップを工面するのかが気になる。
それから、取り敢えず作業内容をザックリとノートに走り書きしておいた。本当は、炭の匂いとか十分に加熱された時の鉄の色とか音とか、鉄を叩いた時の音とか、色々書かなきゃいけないんだろうけど、初回だからよく分かってないんだよなぁ…。まぁ、今回はこうでした程度で書いといたけど。
食堂に行ったらお昼にはまだ早かった。厨房から「お腹が空いてるならこれでも食べて待っていておくれ」と声を掛けられた。出てきたのはステック野菜。まぁ、キュウリとか大根とかセロリが棒状になってグラスに刺さっているアレね。オヤツというよりはラパン達の餌というか……せめてマヨネーズを下さい。
「俺、野菜苦手なんだよね」
「私は普通かな。でもこれはチョット…」
「ボク、厨房の人にマヨネーズか何か無いか聞いてきます」
俺もこのまま食べるのはキツいな…。
「お仕事中ごめんなさい。お野菜に何か付ける物ってありますか?」
「付ける物?」
「マヨネーズかディップソースか何かがあればとても嬉しいです。有料でもいいです」
「マヨネーズなら銀貨一枚で出すよ」
「それでお願いします」
けっこうタップリの量のマヨネーズが出てきた。前にお店で食べたことのあるマヨネーズと味が若干違うから厨房の手作りかもしれない。そしてエールと同じ値段なんだな…。
「多いから皆で付けよう。ボク一人だと余っちゃう」
「ありがとう」
「マヨネーズ美味しいよね。私パンに塗って焼いて食べるのが好きなんだ」
「どうせなら、パンにマヨネーズで土手を作って、土手の内側に生卵を落して焼いたら?」
「えっ!? なにそれ美味しそう!! おばちゃんに頼んでみる」
「あの、お金を払うのでお願いしたい料理があるんですけど…」
「おやおや、何を頼むんだい?」
「パンにマヨネーズで土手を作って、その土手の内側に生卵を割り落として、それをトーストした食べ物です」
「おや、面白いね。ローザさんの発案かい?」
「いえ、そこのミーシャさんです。今マヨネーズを買った子です」
「銀貨二枚でよければ直ぐ焼くよ。マヨネーズと生卵代だよ」
「お願いしまーす」
ローザさん、見た目より行動力あるなぁ…。
野菜ステックを食べながらクロックマダム擬きの焼き上がりを待つ。なにも言わなくても半熟卵で焼いてくれる厨房スタッフが何気に凄いな。焼きが足りなきゃ追加加熱すればいいだけだから半熟が正解ってことか?
「お昼ご飯前だけどいただきまーす。や〜〜ん、マヨネーズと半熟卵、最高!!」
「今度俺も頼もうかな」
「これ、銀貨二枚払っても損した感じはしないよ。自分で焼いたら失敗しそうだしね」
「夜だったらベーコンを足してもいいかも」
「ベーコン、マヨネーズの土手、生卵の順でセットかな」
「はーいはいはい、三人共こっちへおいで!!」
厨房の中から俺達に向けて呼び掛けてくる。何かあった?
「むーーい」「まーい」「ムゴッ」 口に物が入った状態で返事はしちゃいけないな。
「マヨネーズの土手トースト、食堂メニューに出したら食べるかい?」
「はーい!! 食べます食べます!!」
「食べるよな?」
「出るんですか?」
「マヨネーズトーストは好き嫌いがありそうでメニューにしてなかったんだよ」
「ここのマヨネーズって厨房の手作りですか?」
「そうだよ。お店の物を買うとお高いからね」
「俺はもう少しトッピングが欲しいな」
「だったら、マヨネーズトースト、マヨネーズと生卵、マヨネーズと生卵とベーコンの三種類で値段を変えて出してあげるよ」
「私、夜にエールを飲みながら食べたいです」
「あ、茹で卵を刻んでマヨネーズと混ぜたものを乗せて焼いてもいいんじゃないか?」
「それは生卵を用意していなくてもいいから比較的楽だね」
「ベーコンも乗ってれば嬉しい」
「じゃあ、マヨネーズ三種と茹で卵のマヨ卵ディップ二種を十一の月から新メニューで出すよ。校長には生徒からヒントを貰ったって言っておくからね」
「やったー。私、今度から自分で焼かないで食堂で注文します」
ベーコンと刻み野菜のスープ、パンを食べながらスプーンを観察する。三人で見比べてみたけど確かに形状もサイズも微妙に違っていた。
ローザさんはちょっと食べ過ぎたとか言ってたよ。マヨネーズトーストの為に小金の稼げる作業を増やすみたいだ。満腹で眠くなるのをグッとこらえて鍛冶の作業場に戻ったらヴォルド親方が「おう、丁度いいところに戻って来たな」と迎え入れてくれる。ちょっと嫌な予感。
「よーし、全員スプーンを出せ!!」
サッ サッ ササッ カチャカチャ…
目の前にはズラッと並んだ一糸乱れぬスプーンの列。しかもサイズは均一だ。う〜ん、いい仕事してますねぇ…。
「折角だから作業場にいた全員で遊んでみたぜ。公平になる様にヒヨッコは『鍛冶(初歩)』まで、それ以外はスキルオフで作業したからな」
その後は苦労しつつも何とかスプーンの形に仕上げる事が出来たけど、食堂に供出する勇気は全くなかったので硬化処理した後、記念品としてお持ち帰りしました。




