第257話
炭焼き講義の野外実習のある期間は他の授業も割と野外実習が多い。農業系は年がら年中野外実習中心というか畑がメインだけど。ここ『ネオ=ラグーン』領は冬でもそこまで雪に覆われない。それでも冬越しのための作業は必要なので、今頃の季節はその諸々を実地で学べるチャンスタイムだったりする。
で、今日は実習畑にお邪魔しています。まぁ、腐葉土にする落ち葉の納品とも言うんだけどね。家畜や【運魔】達の餌にならなかった雑草を燃やして灰にしたものを肥料にしたりもするので、そういった物を運び込む訳です。畜産組は大きく育った【赤スライムの死核】と【緑スライムの死核】を畑に持ち込んでくる。最初に赤スライムに糞の付いた敷き藁を与える。赤スライムが消化しきれない藁を残す。残った藁を緑スライムに与えて消化してもらうので両方採取出来るという訳だ。草木灰や腐葉土は【スライムの死核】とは成分が異なるので土壌改良の為に必須なのか…。他にも草木灰を必要とする業種は有るので畑で持ち込み雑草を燃やす時は陶芸ドワーフや製糸ドワーフなんかが姿を現す。
異世界の野菜類には旬がないのかと思っていたら違った。当たり前だけど暖かい時期の方がよく育つ種類が大半。なので『ネオ=ラグーン』領みたいに若干とはいえ雪の降る地域は冬は農業に向かない……と思っていたんだけど、目の前にビニールハウスっぽい何かが有るのはどういう事なんだろうね? そもそも異世界にビニールって有るの!?
「先生、畑の白い布の小屋は何ですか?」
「あれは【水母ハウス】だ。【ゼーン水母】の皮を乾かして作った皮膜で覆っている。【水母】を使う以外にも、クラーケンの皮を剥がして乾かした【クラーゲン】を使った【クラーゲンハウス】もある。費用対効果がいいのは【水母ハウス】の方だな」
あれってクラゲなの!? 近付いて鑑定してみねば。中華クラゲが食べたくなるじゃないか。サッカー日本代表の試合を見ながら中華クラゲ、棒々鶏、そしてドライのビールをゴキュッとやりたい。
(簡易)【ゼーン水母】:前世のエチゼンクラゲ。巨大な傘を乾かして保温用ハウスに使用している。
(鑑定)【ゼーン水母】:前世のエチゼンクラゲを始めとした大型クラゲの総称。巨大な傘を乾かして保温用ハウスに使用している。数年使えば自然に還る環境に優しい素材。乾燥させた傘は食用可。新鮮な物は細断すれば良い魚の餌になる。触手の毒(微弱)に注意。
おおっ、まさかの中華クラゲ情報か!? でも簡易の方には食用情報が出ていないってことは一般的には食べられていない可能性が大か。そして環境に優しい素材なのか。まぁ元がクラゲだしなぁ…。
「先生、その【ゼーン水母】はどこで採れるんですか?」
「まぁ、そりゃあ海に決まってるなぁ。ヒト族が多く住む【ウィール=ウェル】領の名産品だ」
【ウィール=ウェル】領は漁師の町で、大半のものを海から得てそれらを加工して販売している。加工に伴い錬金術が発達したそうで、【ゼーン水母】の傘の脱水技術は勿論のこと、魚の眼や鱗を魔導加工したレンズや塩蔵した【鯖】が有名だ。【クラーケン】も獲れるので皮を【クラーゲン】にする加工も盛んだ。【ゼーン水母】が増え過ぎると鮫の人(=鮫人族)や魚の人(=人魚族)といった鰓人族が生活し辛くなるので、【ウィール=ウェル】領のヒト族達が【ゼーン水母】漁をするのは鰓人族にはとても喜ばれているのだ。
ちなみに半魚人は鰓人族でも深海が生活域なので【水母】被害とは無縁だ。
この【水母ハウス】で炭焼き小屋を作ったことがあるそうなんだけど、海産物の焼ける何ともいえない香りが辺りに漂うせいで野生動物やゴブリンに襲撃される事件が絶えなかった為、現在は土魔法で壁を作り板葺き屋根の小屋が主流になっている。
「別に窯の周りを囲う必要は無いんだがな、野外だと雨も降るから仕方ないんだよ。それに数年しか使わないから【水母ハウス】で十分なんだが……最後のアレが悪かった」
「何が有ったんですか?」
「最後に【水母ハウス】の外皮を焼いて処分しようとしたんだが………やたらゴブリンが来た」
「それでどうなったんですか?」
「そこにいた全員で倒したよ。窯は壊れるわ炭焼きは失敗するわ……ゴブリンの魔石くらいでは損失を相殺出来なかった。職校の黒歴史の一つだな」
「畑の【水母ハウス】は大丈夫なんですか?」
「焼かなかったらな。だから畑で草木灰を作る時は燃やす場所や風向きに注意する事。冒険者に警護依頼を頼むのも大事だぞ」
自然消滅前に【水母】の乾燥皮を処分する時は、深目に穴を掘り細断した【水母】を埋めて処分すると安全。勿論、肥料の一種だ。
「ハウスみたいに大掛かりにしない方法もある。叩いて延ばした【水母】の皮を直接畑に設置するやり方もある」
前世だとマルチって言ったっけか。
「そしてそのマルチングを利用したゴブリン退治法もあるんだがな……」
やり方は簡単!! 地面に深めの穴を掘り、先端の尖った杭を剣山状に並べておき、穴を覆うように【水母】の皮で穴を隠す。被せた【水母】の皮の外側はすぐに燃えないように濡らしておいたら準備完了。後はゴブリンにしか聞こえない周波数を出すゴブ笛を吹き【水母】の皮の中心部に火を着けるだけ。
「かなり危険なのでやるなよ!! 絶対にやるなよ!!」




