第247話
今回は兎獣人メルクリウス視点の回です
まさか、長髭族ことドワーフから新しい商売の話が持ちかけられるとはつゆほども思っていなかった。聞けば、ヒト族が年末年始の繁殖イベ…いや、恋人探しのイベントにホーンラビットの素材を利用しているのだという。魔物種の中でも危険度が低く、勇敢で可憐で愛らしくもあり繁殖率の高さから子孫繁栄の象徴にもされているのが角兎だ。名前に兎と付いてはいるが、我々、兎人族と魔物種のホーンラビットは全くの別物だ。それこそミノタウロスと乳牛くらい違う。ホーンラビットは額に生えた角が特徴的な兎姿の魔物だが、それより恐ろしい首狩兎という魔物がいる。ヴォーパルラビットは好戦的で鋭い前歯で生命を狩りにくる。
それはさておき商売の話に戻ろう。
ドワーフの住む『ネオ=ラグーン』領からやって来たカーン=エーツという胡散臭…いや、交渉力の有る商人が猫人の同伴転送を利用してやって来た。最初は砂漠の農作物でも仕入に来たのかと思っていたら違ったよ。
ドワーフはモノ作りが好きな種族なのは有名だが、作品が不良在庫にならない様あちこちに販路獲得の為のアプローチもしているそうで、時々商人が新商品を片手に現れる。買い手側の意見も十分に汲んでくれるので不良品を売り付けられることもなく安心だ。
という訳で、今回持ち込まれたのが『兎耳カチューシャ』だ。どうしても余ってしまうホーンラビットの耳の部分の毛皮と後ろ脚を使って商品を製作するとの事。それをヒト族の恋人探しイベントにぶつけるという。カチューシャを着け、兎に扮して恋人探し中のアピールをしてもらうのだと。偽耳も、外耳孔のある方に濃い目のピンクや水色に染めた毛皮を使う事により兎耳ファッションである事を示すのだという。兎人の耳と違う事が一目で分かるよう指定したら即快諾してくれた。我々としても悪事をするのでなければ他種族が兎に扮するのは何ら問題はない。
そしてドワーフ商人・カーン=エーツは 「兎に扮するなら神様にお賽銭をしなくては」 と言ってくれた。儲けよりお賽銭に回したい。兎人とブラッキー神との逸話を知っていたとしても他種族が中々言えるセリフではない。そして販売価格も決して高いものではなく逆にヒト族に偽物を作られ暴利を貪られる事を懸念しなくてはいけない程だ。それもカーン=エーツの中では織り込み済みで、 「神様を通さない非公認商品を売れば神罰が下るでしょうね」 とにこやかに語ってくれた。全くそのとおりだと思う。我々、兎人族はそれこそ物心が付いた頃から兎人族と鮫人族の諍いとブラッキー神の話こと『兎鮫仲裁』を耳にタコが出来るほど聞かされるのだから。タコと言えば、恥ずかしながら私が子供の頃は耳に蛸が住み着く事だと思い込んでいたものだ。
★他種族に戦争を仕掛けてはいけません
★人を騙してはいけません
★お金を借りたら必ず返しましょう
★個々が可能な範囲で神様をお祀りしましょう
これが兎人の間の不文律。『兎鮫仲裁』の中に出てくる話から来ている。
『兎鮫仲裁』では、古代の兎人が鮫人を唆して領地を余計に支配しようと企んだことが鮫人にバレてしまい、砂浜を挟んで陸と海とで戦いに発展してしまう。その時、仲介に入ってくれたのがブラッキー神。負け戦で傷付いた兎人をブラッキー神が快く回復してくれたものの法外な治療を請求され、治療費で丸裸になってしまう。請求額が多すぎて借金を返すことの出来なかった兎人は借金奴隷に落とされ、強制労働施設のある『月牢』に連れて行かれ回復薬を作らされており、天気の良い満月の日には地上から借金奴隷が回復薬を作っている姿が見える。ちなみに、借金奴隷以外にも、亀を騙してレースをさせた兎人は賭博罪、狸人を騙して火傷を負わせた兎人は傷害罪、狸人にドロ舟を作らせ舟を沈没させた兎人は詐欺罪で犯罪奴隷に落とされ、同じ様に『月牢』に連れて行かれ回復薬を作らされているのだと…。他にも蛙人、蟹人、獅子人、鰐人などもいるらしいが、どの様な理由で連れて行かれどの様な作業をさせられているのかは私には分からない。
争いは一応、鮫人側の勝利ということになった訳だが、鮫人はブラッキー神に 「純真なのは良き事なれど、何事も盲信せぬ様に」 と釘を差され、海中・海上の鎮護の役目を請け負う事となる。鮫人はお人好しの種族なので過去に争った事を水に流し、兎人にも海の幸(主に退治した鮫の肉)を卸してくれる。
とまぁ、そんな訳で兎人は少しばかりブラッキー神にナーバスだったりするのだ。
兎耳カチューシャ、恋の乱痴気騒ぎの回復薬、恋の御守り、逃げ足チャーム。これらが販売される商品で、恋の乱痴気騒ぎの回復薬、恋の御守りは兎人側が製作・監修する。回復薬には弱いながらも興奮状態の解除薬と視力回復薬を使う事にした。魅了解除薬はコストがかかり過ぎるので残念ながら加える事が出来なかったが、逆手に取れば、ボロ儲けを企むヒト族が兎人が薬草を使っていると思わずに雑草を粉にしたニセ薬を売り出し神罰が下る可能性があるという事なのだが。
その話を鮫肉を卸しに来た鮫人の商人に伝えたところ、鮫人の長・トリトから 「しつこい兎を撃退する鮫の歯も商品に加えてはどうか。勿論、価格にはブラッキー神のお賽銭込みでだ」 と打診された。その手もあったな。鮫人は頻繁に歯が生え変わるので素材集めも容易い事だし。それよりなにより、兎人と鮫人の友好の証の様で何よりではないか。あのドワーフ商人とブラッキー神に感謝しよう。過去はともあれ『兎鮫隣人』なのだから。




