第233話
コカコッコの蹴爪で作ったボタンが完成した。穴の内側を磨くのに滅茶苦茶苦労した。細い棒ヤスリが無かったので、細く木賊を畳んでみたり爪楊枝くらい細い棒に木賊を巻き付けてみたり……。綴じ付ける糸が簡単に切れたら困るから丹念に磨いた。実はこの作業が一番手間だったかもしれない。指で触れた時にイガイガと引っかかる個所もなく、艷やかに磨き上げられたボタン。カメラがあったら写真を撮りたい。
(簡易):スライスしたコカコッコの蹴爪で作られた『二つ穴ボタン』。
(鑑定):スライスしたコカコッコの蹴爪で作られた『上品質な二つ穴ボタン』。耐毒(弱)。耐石化(弱)。
(簡易):スライスしたコカコッコの蹴爪で作られた『四つ穴ボタン』。
(鑑定):スライスしたコカコッコの蹴爪で作られた『上品質な四つ穴ボタン』。耐毒(弱)。耐石化(弱)。
もう少し詳細に鑑定したら結果が違うかもしれないけどね。作業工程も使った道具が何かも記入しておいた。後はラルフロ=レーンさんに納品に行くだけ。鑑定結果は普通の【魔墨】で書いたので、ラルフロ=レーンさんに『コンシーラー』か『汎用魔法』の『マスキング』を掛けてもらわないと。
これ、ルースケースみたいな箱に収めたら付加価値が上がるのかな? 臍の緒を収める箱っぽいのでもいいかもしれないけど。
来週から言語学も始まる。改めてドワーフ語を学び、共通語を学ぶ。その他の言語は希望を出しておけば集団での授業になるか個別指導になるかが決まる。ビジネス言語は少し特殊で各種族の言葉の方言的な扱いになっている。なのでドワーフ語のビジネス言語、共通語のビジネス言語といった感じで覚えていくのだと。但し古代エルフ語は除く。古代エルフ語にはビジネス言語は存在しなかった。やはり古代エルフ語は特殊言語だったのか…。
歴史と算数も習う。歴史はちゃんと学んでおかないとね。本を読んだら覚えられるけど、ぶっちゃけこの世界の歴史はよく分からないし。まぁ、算数は前世の小学校レベル程度なので、こっちは気にしなくていいかな。そして異世界ならではの授業が基礎魔法学。大抵のドワーフが何らかの『汎用魔法』や属性魔法を使える為、忘れられがちな魔法の発動理論や体系などを再確認を兼ねて学ぶのだ。
これらの基礎学問は職校や学園でなくても各ギルドでも教わることができるので、ドワーフ全体としての識字率や基礎学力はヒト族のそれより高い。他の亜人種や獣人族も似たりよったりの教育水準な模様。人口的な関係もあるし身分差云々も関係してくる為、ヒト族の教育水準格差が激しいのは仕方がない事なのかもしれない。
ラルフロ=レーンさんの工房に納品に向かう。検品してもらって問題なければ二つで金貨四枚になるハズ。楽しく素材を研磨して、さっさと売り飛ばせるのは有り難いな。
「おっ、ミーシャ=ニイトラックバーグか。一人で来たってことは納品か? それとも仕事でも探しに来たか?」
「ラルフロ=レーンさん、先日話題に上がったコカコッコの蹴爪で作ったボタンが完成したので持ってきました。研磨ノートはありますが、鑑定結果の隠蔽はしていないのでラルフロ=レーンさんが売る時に隠蔽魔法を掛けて下さい」
「相変わらず仕事が早いな…、どれ検品するか。はいはい…中々いい出来じゃねぇか。ノートもいい感じだ。これなら鑑定書として問題無い。作業履歴ってのは面白くていいな。次の工程の職人に渡る時に仕様が伝わるとトラブルが減るからいいじゃないか」
「まぁ、作業履歴は次の職人さん用と言うより、ボクの作業記録的なものですが」
「いや、分かってるだろうと思って記録するのを軽視したり不要扱いする奴の方が多いからな。ジャンル違いだと知らない事の方が多いから、何であれ情報を残しておいてくれるのは有り難い事だと俺は思うがね」
「そうなんですね」
「良くも悪くも職人気質が悪さするんだよ。鑑定というスキルの存在が有るのも合わさって、 “ 見れば分かるだろ!! ” な奴が多くて困るんだよなぁ……あぁ嫌だ嫌だ」
頑固職人に振り回されているんだな……。そうならない様に気を付けよう。
「ミーシャ=ニイトラックバーグは違うみたいだから許す。まぁ、許すも何も悪さはしてねぇけどな。鑑定結果の隠蔽魔法は職人同士での納品時には不要だから気にするな」
「はい、分かりました」
「で、代金だ。約束通り一つ単価が金貨二枚。二つあるから金貨四枚だな。ある程度は貯めておけよ、商業ギルドの年会費やら職人税やら色々と支払わなきゃなんねぇし」
それは権利金やら何やらで賄えるハズですとは言えないので「はい」とだけ答えておく。そして琥珀の報告とホーンラビットの質問をする。
「先日の虫入り琥珀ですけど、学園に査定してもらったら金貨三枚と銀貨三枚だったので、学園に買い取ってもらいました」
「そうか。学園に恩を売ったってか?」
「そうです。それにラルフロ=レーンさんはそこまで素材に困っていなさそうだったし…」
「困っちゃいないが有用素材は何時でもウェルカムなんだがな」
「ラルフロ=レーンさんはボクの知らない素材を色々知っているので、話を聞くだけでも凄く勉強になります」
「また面白い物でも持ってきたか?」
「いえ、持ち込みではなくて質問があるんです。ヒト族の風習についてなんですけど、カーン=エーツさんに聞くかラルフロ=レーンさんに聞くか悩んで、ラルフロ=レーンさんに聞くことにしたんです」
「ヒト族ねぇ…」
「ホーンラビットなんですけど……」
その単語を聞いた瞬間、ラルフロ=レーンさんがニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかった。




