第224話
生イクラを手に入れた。ドワーフ語では【生サモン・ロー】。【ロー】が魚卵って事ね。職校の学生寮の部屋には冷蔵庫もとい保冷庫が無いので持ち帰っても折角の食材が腐ってしまう。まぁ、俺の場合こっそりと『次元収納』に仕舞えばいいんだけど、大っぴらには使えない能力だからなぁ…。マジック・バッグを買えばいいんだろうけど、時間停止付きはレア仕様。保冷庫を買ってそこに食材を収めてマジック・バッグに収納するしかない。今すぐには一式準備出来ないので商業ギルドの保冷庫に預かってもらうことにした。
その前にサクッと調理しちゃおう。イクラの醤油漬けを作るんだ。実は前世でイクラの醤油漬けがどうしても食べたくなって作ったことがある。何でかって? だって市販品を買ったらお高かったからね。まだ生イクラを購入して自分で処理した方がお安く、しかもたっぷり食べられたんだよ。
という訳で、手を洗ってから生イクラをバラバラに解し、ぬるま湯でサッと洗ってザルにあげる。『汎用魔法』のJSSをかけてから軽〜く海水塩をふっておいて、その間に漬け汁作りだ。『生命之水』を水で割ったものを煮切ってアルコール分を飛ばす。そこに水飴少々と醤油を加えればOKだ。そこに軽く水気が切れ、ほんのり塩気が付いた生イクラを入れるだけ。翌日にはイクラの醤油漬けの完成だ。入れる容器はガラス瓶。蓋は特殊なコーティングがされたコルク。勿論、どちらにも『汎用魔法』のJSSをかけてある。
本当は炊きたてご飯があればイクラ丼を楽しむところなんだけど、まだお米と出会ってないのでパンに合わせる。塩イクラをパンに乗せて食べても美味いんだ。キャビアをクラッカーとかに乗せるのと一緒ってことで。
【生サモンの切り身】は買ったけど、味噌がないからちゃんちゃん焼きは作れない。まぁ、野菜とチーズと一緒に蒸し焼きにしてちゃんちゃん焼きモドキにすればいいよね。そして、変わった料理を作るときは初回はリンド=バーグさんの家か商業ギルド内で…という約束があるので、今回は商業ギルドの調理室を借りる事にする。商業ギルドには職員用の食事を作る為の厨房があるけど、それとは別に試作とか説明をする為の小さい調理室がある。そこを借りて調理からの宴会だ。簡易宿泊施設もあるから俺とオロール先生は外泊申請をして一泊だな。宴会メンバーは、リンド=バーグさん、アリサお姉ちゃん、パイク=ラックさん。招待枠がオロール先生で立会人が商業ギルド支部長さんと……カーン=エーツさん? いや、記録係でホーク=エーツさんか? 許可が出たらガルフ=トングさんも呼びたい。
商業ギルド支部長さんにその旨を説明したら許可を頂けた。その代わり、校長先生が追加メンバーに加わった。
タイムラインを書き出して商業ギルドに “ 新作料理の試作及び試食会 ” として提出する。これは一応、形式的な物。お役所仕事ってやつだな。俺は午後二時を過ぎた頃から仕入れと調理が始まるから、そこにはホーク=エーツさんとカーン=エーツさんが記録係及びお目付け役として付いてくる。実際は監視役みたいなものらしい。調理は三時を過ぎた辺りから。宴会は五時〜五時半ぐらいからかな。一応、終業時間後でお風呂も済ませてから開始するという名目上の為だとか。宴会に無駄に力を入れる辺りドワーフらしいというか。
「【生のサモン・ロー】を【粗相豆】の汁で漬け込む料理は初めて見るからな。私はこの試食会が大会議前でなくて本当に良かったと心底思っているよ」
「本当はオロール先生の所有する【ケルプ】を浸した【粗相豆】の汁を使った方が更に美味しく出来上がると思うのですが…」
「それも踏まえてオロール非常勤講師に交渉しなくてはな」
「ボクも食べたかったし、オロール先生は【サモン】料理がお好きだと思うので」
「まぁ、市場で買った食材ならミーシャ=ニイトラックバーグが作る料理だとしても比較的安心だと思いますよ」
「そうなのかね?」
「支部長も旅先でいきなり家畜魔獣の餌や拭き草の茎を食べさせられてみれば分かりますから…」
あ、ホーク=エーツさんの中ではトラウマ扱いだったよ。
暗くなる前に明日の参加メンバーに招待状を渡しに行く。まぁ、皆の家を回るだけなんだけど。ガルフ=トングさんは宿屋にいるのでホーク=エーツさんに招待状を届けてもらう。オロール先生には夕飯の時に伝えればいい。校長先生には商業ギルド支部長さんが連絡してくれる。
皆に明日の宴会の話は伝えたし、寝るまでの時間は【魔海鞘】の外殻の表面を研磨することにした。本当はコカコッコの蹴爪をスライスしてボタンを作ってみたいんだけど、流石に夜に初めての作業をする勇気はないんだよ。しかもレア素材だし。
【魔海鞘】を丁寧に研磨していくと表面の色が赤味がかった藤紫色に変化してくる。手付かずの場所は黒っぽい赤紫だから簡単に見分けが付く。これ、午前中の太陽光で確認したら凄く綺麗なんだろうなぁ…。職校全体で使われている灯りは二種類あって、一つは暖色系。間接照明とか裸電球色っぽい感じで精密作業に関係ない場所で使われる。もう一つは昼光色で精密作業用。灯りの値段は三倍近く差があるけど、作業効率のためには金を惜しまないと言うことで、職員も生徒も各自、月に起動用の魔石を一つまでは自由に使える。二つ目以降は自腹だ。まぁ、誰も一つでは済まないんだけど…。
これ、研磨度合いをグラデーションで表現できるんじゃないか? 製品としてではなく研磨度合い見本としてね。




