第223話
大会議も終了し、各ギルドのお偉方が本拠地に帰っていった。審査登録案件が例年以上に膨大だったものの、試飲試食が膨大な量だった為、ホスト側の想定より不満の声は多くなかったのだとか。カーン=エーツさん曰く、
「散々飲んで食うて登録名をどないするか話し合うて、また飲んで食うて再考しぃ、もう一度確認の為やな…と飲んで食うてやっと登録名を確定してたんですわ。その繰り返しやさかい、もうお腹パンパンですわ」
だったそうで。これから各ドワーフ領内で流行らせるのと、ヒト族向けに売り込む準備と、獣人・亜人種向けに調整するのとでドワーフ全体が慌ただしくなる模様。特に、馬車の車輪に取り付ける【履筒】。管虫という魔獣素材で作るタイヤと、髭エクステにも使われていた輪ゴム風の製品、これもタイヤと同じ管虫で作るのだが、伸縮性のある輪の【管虫輪】の生産が急ピッチで進められるのだという。この発明により作者のブレイズ=ストーンさんは准賢者の称号を得たとかで、錬金術ギルドと馬車ギルド界隈は大騒ぎになっている。ちなみに馬車ギルド繋がりと言えばあのハーレー=ポーターさんは准賢者の称号は得ていなかった。もう一つ二つゴーレム関係で大発明をすれば准賢者に推挙されるみたい。
「ミーシャはんの【鉱夫飴】と、【天使の輪】及び【天部の輪刃】の生産も一大事業やさかいしな。これから白い粉がメッチャ人気になりまっせ」
「そうなんですね」
「ノリ悪うて嫌やわー。【茄子花芋】も【緋茄子】も緊急増産指令が入りましてん。工場の建築もあるさかい、もう何処もかしこもメッチャ忙しうなりますわ」
タイヤや輪ゴムも専用加工場が必要だけど、芋飴も蕗も加工場が要るもんなぁ。むしろあちこちで分業出来ると思うけど。あれか、民家の一角でひっそりと白い粉が生産されてるみたいな?
「カーン兄貴…状態異常回復ポーションは……」
「すまん、さっき飲んだので仕舞いや。そうそう、【パラパラポンチ絵】と【コンロ】ですけどな、迅速開発対象入りしましたわ」
「冷やしの方は錬金術ギルドと学園が何日か前から本格的に研究を開始してるよ。まさか、マリイン=リッジの『熱波』が滑り込みで割り込んでくるとは思わなかったけど」
「あれやけど、様々な発動条件の組み合わせやのに最終的に同じ結果に到達するんが大事件だったらしいんですわ。お偉方が、「何でパイク=ラックの秘匿魔法の時に気付かなかったんやー!!」 って荒れてましたわ」
「そうだ、ボク、商業ギルド支部長さんに報告しなきゃいけないことがありました」
「俺、呼んでくる」
数分後、商業ギルド支部長さんが姿を現す。徹夜続きで窶れた感じがなんとも………。そして酒臭い。
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、何か用かね?」
「支部長さん、お疲れ様です。大会議が終わって直ぐの報告は心苦しいのですが、【粗相豆】について報告があります」
「ほう、【粗相豆】かね。【粗相豆】を使った料理は概ね好評だったよ。ただ量産体制を整えるのが大変だからどうしたものか農業ギルドが頭を悩ませていたよ」
「ボクも昨日知ったんですけど、古代エルフは【粗相豆】の改良品種を栽培しています」
「本当かね?」
「職校の非常勤講師のオロール先生から聞きました。古代エルフ語では【つゆ豆】と呼ぶそうですが、改良品種の【粗相豆】は【渓流鰮】ほどの大きさだそうです」
「ホンマかいな!?」
「それは是非とも種を輸入したいものだ」
「古代エルフはその改良品種【つゆ豆】に【ケルプ】という海藻を入れてコクと風味を高めているとも言っていました」
「それは有力情報だ。僥倖僥倖。是非ともオロール非常勤講師に会って話がしたい。その古代エルフは気難しいのかね?」
「オロール先生は気さくで楽しい方です。ただ……、少しお酒が」
「お酒が?」
「嗜む量を通り越してます。通り越すではなく飛び越えてるかも…」
フフフッ… 「わはははは、それは愉快だ。我々ドワーフと気が合いそうだ」
「そうだ、支部長さん、生の【サモン】の卵って手に入りますか? とびきり新鮮な物が良いんですけど」
「【サモン・ロー】か。それは『ビレッジアップ』から黒猫印の配送便で配達してもらうか、買い付け人を猫の人に同伴転送してもらって持ち帰えれば買えるな。時期的に出回り始めてるのではないかな」
「『スワロー』では買えないんですか?」
「買えなくはないが、【サモン】は『ビレッジアップ』で加工が盛んだから相対的に入荷量が多い。質の良いものを求めるのなら『ビレッジアップ』で仕入れるのが一番だ」
「ありがとうございます。ボクが買いに行っても大丈夫ですか?」
「それなら商業ギルド認定店を紹介しよう。まぁ、普通に買い求めてもそうそうハズレは引かないだろうがね。心配ならそこにいるカーン=エーツでも連れていけばよかろう」
「商業ギルド支部長はんから指名入りました〜。わてはイケてる商人、カーン=エーツや。宜しゅうな」
うっわ〜、胡散臭い。
「なんやなんやミーシャはん、目が冷めきってますがな。わてが付いてるさかい、大船に乗ったつもりでドーンといきまひょ」
泥舟に乗せられてる気しかしないんだけど…。とか思ってたけど、流石というか目利きは凄いし俺一人で買い付けに行くより遥かに良い品質の生イクラを入手出来た。まさかさっきの今で同伴転送されて『ビレッジアップ』に行って帰ってくるなんて思わないでしょ。どういう原理か分からないけど、頭がクラクラで身体がふわふわする。前世の記憶でいうと、一気に六十階までエレベーターで高速上昇した時に似ている。
生イクラの買い付けついでに【生サモンの切り身】と【塩引きサモン】、【サモントーヴァ】、前世の筋子こと【塩サモン・ロー】もゲット。店長さんに古代エルフに振る舞うと伝えたら、塩漬けにされた【サモンの頭】をオマケしてもらった。これにより俺の中でカーン=エーツさんの評価は “ 胡散臭い商人 ” から “ 胡散臭いけど本物の商人 ” に格上げされたのだった。




