第216話
翌日は大会議も終わっているハズなので、午後から呼び出しを受けている馬車ギルドに立ち寄ることにした。嫌な予感しかしないんだけど…。
久し振りにオロール先生と夕飯を食べたい気分なので誘ってみる事にする。ドアにメッセージを留めておけばいいんじゃないかな? エールの注がれたジョッキの絵を添えておけばコロッと釣れると思う。
午前中は自室で刺し子の運針。今日も袋に運針して夕飯のエール代を稼いでおこう。その後は【魔海鞘】を観察してスケッチ、そして鑑定したら表面を研磨してみる事にする。うん……スケッチは形状のせいか写すのが難しい。そして鑑定だ。
『簡易』: 魔力を帯びた外殻を持った海鞘。外殻に魔石を入れるとランプになる。身は食用可。クセになる味わい。
『鑑定』: 魔力を帯びた外殻を持った海鞘。外殻の内側が魔石と反応する性質を持つので、魔石を入れるとランプの火屋として使うことが出来る。外側は研磨や着色に耐えるが、内側を掃除しすぎると魔石と反応しなくなるが、水筒として使うことが出来るようになる。独特の風味があり、古代エルフが好んで食す。
まさかの水筒情報。大抵の亜人族は『汎用魔法』で水を出せなくはないから、そっち方面にはあまり需要は無さそうだけど、もしかしたらヒト族には需要があるかもしれない。いや、俺としては無理やり水筒に加工しないとは思うけど。どうせなら前世で海のパイナップルと呼ばれていた海鞘で作った水筒にパイナップルジュースを詰めてみたい。そうだな、【魔海鞘】ランプの宿のウェルカムドリンクにすればいいんじゃないか?
オロール先生から貰ったのは既に中身が抜かれている外殻部分。内側に触らないようにして外側を研磨してみよう。ボコボコしてるから木賊で丁寧に研磨しなきゃダメな形状な訳で……、あー、前世のハンドリューターが欲しい!! 電動でなくていいから、ハンドル手回しで砥石のビットが付いた物で研磨したいや。うーん、手回しの旋盤とかロクロとか無いのか?
お昼ご飯を食べに行ったらオロール先生に遭遇した。
(共)「ミーシャ、伝言を見たよ。今夜はエールを飲ませてくれるんだって?」
(共)「はい。職校の食堂なので二杯までですが。そのうち外ご飯に招待しますね」
「わい!! 酒っコ飲み放題だじゃ!!」
(訳:「ワォ!! お酒が飲み放題だってよ!!」)
オロール先生、素が出てる!! そして俺、お酒が飲み放題だなんて一言も言ってないです。
(共)「オロール先生、落ち着いて下さい」
(共)「ははは…、飲み放題と聞いて、つい、な」
(共)「飲み放題なんて言ってませんが」
(共)「いや、確かに聞こえた………気がする」
今日の昼ご飯、よく見たらスープの中に春雨らしき麺が入ってるぞ。もう解禁になったのか? それとも試供品?
(共)「これは【マンナ芋】の麺じゃないんだな」
(共)「【マンナ芋】?」
(共)「【マンナ芋】は変わった芋…というか、普通に食べる事が出来ない毒芋でね。『ハード・ホース』の山奥で採れるんだが、毒を中和すれば食べることが出来るんだ。ただ、栄養はない。歯ごたえはいいんだけどねぇ…」
(共)「なぜその芋を食べようとしたんですか」
(共)「今から五百年ほど前にエルフとヒト族が争っていた時期があってね、そこに古代エルフが出稼ぎに行っていたらしくてね…」
(共)「出稼ぎって……、古代エルフはどちらに加担したんですか?」
(共)「まぁ、そこはエルフ側に出稼ぎに行ったとか。前線に出ない代わりにエルフが仕入れてきた【マンナ芋】を練るだけの簡単な仕事をしたんだとか」
(共)「芋を練りに……。兵糧作りの仕事って事ですか?」
(共)「中和剤を使う時に、エルフ語の呪文を唱えながら魔力を注がないといけないからね。まぁ少し訛るけど古代エルフだってエルフ語は喋れるし、魔力量もそこそこ有るから芋を練る仕事ぐらいは出来る。栄養はなくても腹持ちはするし、体調も整うから持久戦向けだね。後は、凍らせたものを溶かすとスポンジ状になる。そこに油を染み込ませて火矢にしたり火炎投擲弾にしたりしていたみたいだよ」
(共)「それでどちらの種族が勝利したんですか?」
(共)「エルフ側だったらしいね。古代エルフは何代も代替わりしてしまっているから、話半分でしかその戦争の話は知らない。まぁ、それでも【マンナ芋】の粉を練る方法は伝わっているんだけどね」
(共)「オロール先生もその【マンナ芋】の麺はお好きなんですか?」
(共)「どっちかと言えば、麺じゃなくて塊の方が好きだよ。【つゆ豆】の汁で茶色くなるまで煮た塊が美味いんだ。まぁ麺を束ねて縛ったものも煮て食べれば美味いけどねぇ」
(共)「【つゆ豆】?」
(共)「ミーシャは草むらで【つゆ豆】が生えてるのを見たことがないのかい? 魚みたいな鞘に入った塩っ辛い豆の汁だよ」
(共)「あ! それはドワーフ語で【粗相豆】です。あの汁、美味しいですよね」
「この、けやぐ!!」
訳:(OH、友達!!)
まさか、オロール先生も醤油好きだったとは……。まぁ塩分大好き種族だから当然と言えば当然なのか。そして【粗相豆】より【つゆ豆】の方が響きがオシャレだ。
(共)「オロール先生、古代エルフって【つゆ豆】栽培とかしてます?」
(共)「原種は山で拾ってくるけど栽培するのは改良品種だよ。改良品種は魚醤の原料の魚くらいのサイズだよ。そこに乾燥【ケルプ】を挿して【ケルプ】のエキスを移したものが人気だね」
改良品種、デカっっ!! 前世では水筒サイズの魚の形の醤油入れを見たことがあったけど、あんな感じか?
(共)「【ケルプ】というのは何ですか?」
(共)「北の海で育つ巨大な海藻だよ。貝割り獺が絡まってる」
それはもしかしたら前世の昆布という物なのでは?




