第209話
やはりと言うか、魔獣や家畜の餌が実はドワーフにとっても食用作物でした、という報告は相当インパクトが強かったみたいだ。それ以上に用足しの草の茎が食用作物でしたという事実のほうが大衝撃だったみたいで、メイプルシロップも霞む事件だった模様。
「それで、ナナシーさんが指摘して再現には至っていなかった【蛙手】もしくは【鶏足】の樹液から作られる砂糖なのですが、少量ですが作り出すことに成功しました。シロップと砂糖、両方用意しております」
すげー!! あの短期間でメイプルシロップと砂糖を完成させたんだ。これなら他の樹液も研究してもらえそうだ。
「この、未だヒト族間には流通していないシロップと砂糖、【モミジシロップ】と【カエデ糖】と名付けてはどうでしょうか?」
「すみません、質問宜しいでしょうか?」
「ナナシーさん、はいどうぞ」
「【蛙手】も【鶏足】も同じ樹の異称ですが、なぜシロップと砂糖で名前を分けたのでしょうか?」
「質問ありがとうございます。同一樹の異称を逆手に取り、あたかも原料が違う商品として扱うことにより、原材料を分かりにくくするとともに双方に付加価値を付けるという販売戦略を取る為、ということになります」
「理解いたしました。回答ありがとうございます」
「まだ試作品が完成していない、【拭き草の茎の砂糖漬け】という商品があるのですが、皆さんの前にある拭き草の茎の水煮と【カエデ糖】で作られる嗜好品になる予定です。早急に完成させ、ヒト族の商業ギルドに正式に商品登録を掛けます」
あ、蕗の砂糖漬けも商売にするんだな。あれ、見た目もオシャレだからヒト族の貴族に絶対売れると思うよ。
「最後に、竃の神キャシー様に唐揚げとガルシア麺、お酒の神チャン=ポーン様に冷やしエール、料理を司る神『地母神レミ』様に一本【樹樹菜】を奉納して終わりたいと思います」
万歳の声と拍手の嵐の中、試食会は終了した。この後、一時間の休憩を挟んで会議が始まるのだとか。それこそ、【鉱夫飴】の生産ラインとか、どこに工場を作るとか畑を増やすとか、商品の売り出し方とか初年度の販売量とか、そういった商業や生産業に関する会議なので俺の役目はここまでだ。
それより、ブロッコリーを『地母神レミ』にお供えするって信仰、いつ決まったの? しかも一本丸茹でブロッコリーだよ……。倒れちゃわない?
{ ―― 倒れたっていいのよ。味は変わらないのだから ―― }
ーーーー!!!! この声ヤーデさんじゃない!!
「ミーシャ=ニイトラックバーグ、急に呼び出してしまい申し訳なかった」
「いえ、ボクでないと説明しきれない部分もあると思いますし」
「今回は上層部のみの大会議なのでナナシー = ミーシャ=ニイトラックバーグであることは参加者以外に外部バレする事はないので安心して欲しい」
「信用しています」
「本来ならばあれ程一気に申請が入らないので秘匿しやすいのだが……」
「仕方あるまい。担当したホーク=エーツですら半狂乱になったほどじゃ」
エール冷却係を終えてきたパイク=ラックさんも合流する。
「そのホーク=エーツだが、ミーシャ=ニイトラックバーグの申請専属扱いになったので、いつでも訪ねてくるとよい」
え〜、説明が面倒くさくないのはいいけど、担当がホーク=エーツさんなのかよ。
「参加者の反応も上々だったから、様々な業務が立ち上がるんじゃないかな?」
「冷やし手法に関するスキルや魔法の研究も学園が一手に引き受けてくれるそうだ」
「馬車の改善も進むだろうし、新産業も増える。そうだ、馬車繋がりで思い出した。馬車ギルド支部長が【運魔】の件で相談があるそうなので時間を見つけて出向いてくれ」
「はい、分かりました。ところで商業ギルド支部長さん、今日の試食を見ていて思ったんですけど」
また何か思い付いたか? …な皆の視線が痛いぞ。慣れたけど。
「持ち運びコンロってあると便利だと思いません?」
「コンロ?」
ヤバいっ!! タワシに続いてコンロのドワーフ語訳が見つからない!! 焜炉も日本語なのか……う〜〜ん、コンパクトな炉の略でいいか!?
「あコンパクトな炉の略でコンロです。勿論、何処にいても土魔法で竃を作って煮炊きは出来ますが、火床、つまり炉の部分をコンパクトにして持ち運び化し、魔石か何かを燃料にしたら楽かな〜、って…」
「確かに言われてみればそうかもしれない」
「キャシー様が嫉妬せんかね?」
「そこは、持ち運び可能な祠だと考えれば問題ないのかと…」
「では学園に行くか」
「儂も付いていこうかのう」
「パイク=ラックさんはアポのメンバーに含まれてないけど大丈夫なんですか?」
「あそこは古巣じゃからな。少し調べものがしたいんじゃよ。学園内ではミーシャ達とは別行動じゃよ」
「ガルフ=トングさんの予定は? もう『関所の集落(仮)』に帰られます?」
「俺もあそこは引き払ってきた。暫く『スワロー』観光でもしてから『スリーストライプ』にある自宅に帰るよ」
「そうだったんですね。あの場所に残っている人でボクが分かるのはジョー=エーツさん、マリイン=リッジさん、ファイン=ロックさんだけ?」
「初期メンバーはそうだな。あそこは持ち回り管理地区だから数年もしないで入れ替わる。あ…ジョー=エーツは残るかもしれないが」
「???」
「ジョー=エーツはかみさんから逃げてるからな。もう十年・二十年くらい居るんじゃないか?」
「自宅に戻った頃には、娘に「家に知らないおじちゃんが居る!!」って言われるパターンだな」
ちなみに、ジョー=エーツさんの娘さんの名前はナオ=エーツだそうです。




