第203話
「先生、質問いいっすか?」
「俺で答えられる範囲ならな」
「あの、ハーレー=ポーターって先輩、何者なんですか?」
パート君、それ聞いちゃう? その質問、勇気あるわ〜。
「あ……、遭遇したか」
「はい。スライム学の講義で講師に質問してました」
「ハーレー=ポーターはなぁ……、気にするな。忘れろ」
何そのアンタッチャブル的存在。 触るな危険!! の人なのかよ…。まさか、無敵の人!?
「いや先生、それでは答えになっていませんが」
「ハーレー=ポーターはポーター氏族の出だ。ポーター氏族ってのは有名な配送業の氏族で、荷物から人から何でも運んで、乗り物も背負い籠から馬車まで手広く手掛けていてな、馬車ギルドの上層部には必ず一人ポーター氏族がいるくらい有力氏族だ。それで、ハーレー=ポーターはそんなポーター氏族に縛られるのを嫌って……、学園で学んだ後に職校に入校し、そのまま御者ゴーレムを創り上げた訳だ。御者ゴーレムは馬車輸送に大革命を引き起こしたからな、その報奨金と毎年入る権利金とを合わせると一生遊べる額だから、ああやって職校に入り浸って好き勝手してる訳だよ。まぁ、後、四〜五年したらやっと卒業してくれるな」
「結婚してるんですか?」
「噂だと結婚から逃げたって話だな」
あれ……、何だろう、この設定って……俺?
「でも、御者ゴーレムが配備されたら御者の仕事が無くなったんじゃ?」
「一時的にはそうだったが、御者が居なくても馬車を操車出来ることになったから、逆に輸送量が増えて儲かってるのが現実だぞ。その後、猫の人の【黒猫印の配送便】と提携して兎に角儲けているみたいだからな…。その分、ハーレー=ポーターにも金が落ちまくりなんだよ」
「そうだったんすね。凄いなあ。報奨金とか権利金って響き、なんだか憧れちゃいますよね」
「はは…、そうですね」
「ん? お前らは髭が生え揃って少ししたくらいだろうから四十そこそこか? その年だったら大きな登録の二つも済ませれば修行三昧で稼ぎに行けなくても困らない額の権利金が入ってくるぞ。もしくは小さい登録を二十〜三十でもしておけば…ってとこだな。今日一つ登録したから後二十九だな。頑張れよ」
あ…俺、大きい方も小さい方も多分クリアしてます。
「はいっ、ありがとうございます」
あれか、あれだな…。あんな風になっちゃいけないっていう反面教師なんだよ。
「あ、それとパート=ラッシュ、お前が欠いた包丁だがな、明日の小鍛冶師の研磨講習の素材に使われるそうだから、気になるんなら見に行けばいいぞ」
何でも授業の素材に使っちゃうあたり、流石は職校だよなぁ。
野菜を刻みに行ったらジョーブ君も来ていた。調理担当講師が「ここ三ヶ月の間で包丁を欠いた奴、明日の小鍛冶師の研磨講習に強制参加だからな」と言ってる。パート君、見学に行くレベルじゃないじゃん。まぁ俺は普通に見学しに行くけどね。
―――――――
その頃、教員室では俺のパラパラ漫画が槍玉…じゃなくて話題に上げられていた。一見すると子供の他愛もない落書き。だが、その利用方法には可能性があるのだと。
「校長、明日から始まる大会議ですが、職校生徒の追加案件が発生しました」
「おや、職校生徒の登録リストは商業ギルド支部長に提出してしまったのだが」
「持ち込まれたのがほんの小一時間前でして」
「ここにいる講師陣で次回に回すべきか検討していたのですが…」
「どれ、………これは? 紙を弾くとポンチ絵が動く訳か」
校長はスライム学の教科書と、切り取られたノートを綴じた紙束をパラパラと弾き、その内容を確認する。
「これは単純で雑な落書きですが、きちんとした絵師に描かせたものならば、動画看板や指南書に使えるのではないかと申請者が申しておりまして」
「動画看板に指南書?」
「尤も、思い付いただけで、稼動方法は全く想像出来ていないそうですが」
「確かに、どちらかと言えば学園側が得意とする案件だからな。で、報告してきた生徒名は?」
「後期新入生のパート=ラッシュとミーシャ=ニイトラックバーグの連名です」
「ミーシャ=ニイトラックバーグかね? 二代目問題児の?」
「校長、その二つ名はどうかと思いますが、そのミーシャ=ニイトラックバーグです」
二代目問題児:ミーシャ=ニイトラックバーグ。勿論、初代はハーレー=ポーター、その人だ。
「そうか…、ならば提出した方がよかろう。今回の大会議は彼女が引き起こしたと言っても過言ではないからな。今更、申請内容の一つや二つ増えたところで問題ないだろう。それは私が預かってもいいのかね?」
「お願いいたします」
校長は資料を受け取ると申請用紙に必要内容を走り書きし、次元収納に格納した。
「校長の収納力は如何ほどでしたか?」
「私は『馬車級』だな。『リントキャッチャー』が無いと目当ての物が探せなくて四苦八苦する。無制限の次元収納など考えたくもない。所詮はマジックバックが一番といったところだな」
「いやいや校長、そこはマジックポーチを『キーボックス』に仕舞うでは?」
申請案件が一段落したのでホッとしたのか、講師陣はお茶で喉を潤し菓子で小腹を満たし始める。
「しかし、流石は二代目だな」
「二代目、古代エルフとも仲が良いみたいだぞ」
「古代エルフと言えば、あのクセの強い刺し子の非常勤講師ですか?」
「そう、その非常勤講師だ。別名、 “ エール集りのエルフ ” だ」
「おや、別名は “ 燻蒸エルフ ” ではなかったですか?」
「まぁ、生活態度がアレなのは仕方ないが、あの古代エルフは凄い人だからな。この職校に出稼ぎに来てくれているのが信じられないくらいだ。エールやヤニ程度は目を瞑っておかなくては」
古代エルフ、オロール=ダフネ=オベールはともかく、ミーシャ=ニイトラックバーグは自身に付けられた二つ名をまだ知らないのだった。




