第172話
(共)「では私は寮に帰るとするよ。ミーシャ、今日の夕飯は寮で済ませるのかい?」
(共)「あ、はい、その予定です」
(共)「今夜も宜しく頼むよ」
(共)「はい、わかりました」
オロール先生はご機嫌な笑顔を浮かべてリンド=バーグさんの工房を後にした。
「ミーシャ、オロール女史にエールをたかられたな」
「ええっ!?」
「古代エルフあるあるだ」
古代エルフの非常勤講師が食堂で寮生にエールをたかってくるのは職校&学園名物だった。
「さて、布鎧の補強にとりかかろうか」
『髭飾草面紐』というのは前世のマジックテープと瓜二つだった。『髭飾草』と呼ばれるやたら服や毛皮にくっつく草の実が有り、それを模した固定道具だ。髭に絡み付いてしまうので『髭飾草』ね。前世でもそんな草があったな。引っ付き虫とか呼んでた記憶がある。犬の散歩の時、着てたジャージや犬にくっ付いて、帰ってから取るのが大変だったよなぁ…。そんな『髭飾草面紐』の素材は棘毛虫だ。
「所々、面紐の綿毛側を取り付けて、そこに装甲パーツを付ける様にしよう。本来は軽鎧屋に取り付けてもらうんだが、時間が勿体ないから俺がやる。道具さえ有れば素人でも取り付けられるからミーシャも覚えておいて損はないぞ。まぁ、多分、職校で習うな」
リンド=バーグさんは器用にマジックテープを縫い付けていく。綿毛側テープの裏側に魔力定着糊を付け、布鎧の取り付けたい場所に専用の糸で縫い付けていくだけの簡単なお仕事だった。縫い付け終わったら魔導火熨斗で魔力を通しながら圧着すれば完成。棘側テープも装甲側に取り付ければいい。装甲側は布素材でないことの方が多いので縫い付け作業が必要無いぶん簡単だったりする。
「布鎧は『髭飾草面紐』でいいが、革製の胴鎧に面紐を取り付けたら装甲パーツを外した時の見栄えが悪くなる。ので、胴鎧の方はスナップボタンで取り付けがいいな。ミーシャが望むなら棘や鋲を付けてもいいぞ…」
リンド=バーグさん、サラッと革鎧を世紀末なヒャッハー仕様にしようとしてない?
「折角だから、胴鎧の左胸の所に例のバサルトタートルを装着しようか。まぁ、あれは防御力に+1する位しかないけどな」
俺が狩った魔物じゃないけど、自分で磨いた素材を装備するとか、とっても異世界ファンタジーですよ。ちょっぴり感動。
「凄い、カッコいい」
「ちゃんとしたバサルトタートルの甲片は金さえ払えば買えるからな。冒険者ギルドか商業ギルドに発注依頼するか、職校か学園の購買で注文だ」
「えっ!? そんなに簡単に手に入るんですか?」
「甲羅丸ごとではなく、甲片で装甲に加工するからな。個体丸ごと一揃えで装甲にするのでなければそんなに高い素材ではないな。それこそ低ランクの冒険者でも装甲部分を一枚ずつ増やしていけるから、見栄えを気にしなければ防御力は後付けでもそれなりに上げられるものだ」
「野生個体よりは防御力が下がるけど、バサルトタートルには養殖個体もいるからね。その甲片なら更に安いかな。多分、学生の練習用はそれだと思うよ」
バサルトタートル、養殖されてるんだ…。
「バサルトタートルって養殖できるんですね」
「まぁ、ほら……、色々と使い道があるからな。むしろ甲羅は副産物だ」
「養殖個体の解体依頼もたまに冒険者ギルドに出てるよ。ただ、養殖個体だとほぼ魔石が出て来ないので調理師が解体したりもするよ」
バサルトタートル、スッポンじゃないけど前世のスッポン枠なのね。
「ミーシャだったら養殖個体でも研磨次第で上級防具素材にしそうな予感がするけどな」
「そうだよね、【星留】の件もあるし。お姉ちゃん期待してるぞ」
そんなこんなでアーマー部分のカスタマイズは終了した。装着して動作確認をしてみたけど、そこそこ動けるし装甲パーツが付いてもそんなに邪魔な感じはしない。
「ミーシャ、そのバックラーだけど、得意な訳じゃないよな?」
「はい。取り敢えず盾も要るかな…? って程度で選んだだけなので」
「使い込まれた感じがしなかったからな。バックラーの戦闘に慣れてないなら普通に手で持つスモールシールドの方が良くないか?」
「でも邪魔になりません?」
「あ〜、それはロクに戦闘経験のない奴の感想だな。戦闘慣れしていない人型の生物は、どうしても相手を遠ざけようと盾を持った手を押し伸ばすんだよ。バックラーだと横受けになるから相手との距離もそれだけ近くなるし、敵を押しのけようと手を伸ばしても正面に盾が無いからパニックになる奴もいるんだ」
あ、成る程。前世で空手やってて咄嗟に受けが出来るとかなら問題ないけど、普通は無理だわ。
「あっ…!!」
「まぁ、ただ採集に行くだけだから盾は必要無いとは思うけど、いつ野生動物が飛び出してくるかなんてのは誰にも分からないからな。ミーシャは職人を目指すんだろうから、たとえ左手でも手指は大事にしておかないと…。バックラーよりスモールシールドにしておこうな」
「わかりました。リンド=バーグさん、ありがとうございます」
という訳で、バックラーは軽くて掴みやすいスモールシールドと交換になった。




