第147話
その後は取り立てて変わったことも起きず、予定より少し遅くなった程度で無料休憩所に到着した。掘っ立て小屋というかそんな感じね。屋根も壁もちゃんと付いてるし、簡単な炊事場…といってもシンクと竈がある程度で、水は引かれていないし薪も無いから何の準備もしていなけれは雨風だけ凌げて仮眠を取れる場所でしかないけど。トイレは外に隣接しているから安心です。ありがとう赤スライム。
「この小屋、結構風が抜けるんですね」
「良く言えば十分な換気を保持している、悪く言えば隙間だらけの小屋だな」
「本気の建築をしないっていうのが逆に難しいんでしょ?」
「尤も、ドワーフにしか使えない小屋にしてあるとも言えるが」
ドワーフ基準なら天井の低さも換気の良さも気にならないけど、ヒト族だったら晴れていたらテントを張りそうだな。エルフが使うのは多分厳しい。
蕗やヨモギと一緒に薪になりそうな枯れ枝も集めておいた。
「この【不来虫草】はダニなんかの忌避剤としては使い勝手は良いんだが、蟲人達には煙が不評だから注意だぞ。まぁ蟲人達にとって害毒ではないんだけど、臭いが不快だそうだから……頻繁に使っていたら蟲人にはモテなくなる。逆に獣人系には好評だからそっちにはモテるようになるぞ」
「竜人族やトカゲの人にも【不来虫草】の灰は人気じゃからな」
作り方はとっても簡単。燻蒸したい場所で陶板の上に【不来虫草】を置いて焼くだけ。モロ燻煙殺虫剤だな。灰は揉んで砕いてから振り掛けて使うだけなんだけど、ちゃんと篩に掛けて大きめな粒子を取り除いた方が細かい毛の間にもよく入り込む。最高級品になると、乳鉢で丁寧に灰を擦り潰した物を専用の布袋に入れて売っているんだって。尤も、その最高級品の流通先は獣人の住むエリアだそうだけど。
今回は灰はポニーに振り掛けてブラッシングする事にした。ちなみに竜人族やリザードマンといった鱗を持つ亜人種の場合は灰を振り掛けて終了。鱗の隙間に入り込もうとするしつこいダニ退治には『生命之水』で練った【不来虫草】の灰を全身パックの要領で塗るんだって。
小屋が煙で燻されている間に外で蕗を茹でる。ポニー達は周辺に生えている草を食べてもらうので餌の心配は無し。後でヤングコーンの残りをあげよう。
ヤングコーンにベーコンを巻いたものを焼いてチーズを添えた物を作ってみた。アスパラベーコンのヤングコーン版だな。チーズをカリカリに焼いたチーズ煎餅に醤油をピッピッと垂らしたものも完成。白いパンは軽く炙る。焼いた【茄子花芋】を添えれば野営飯の完成です。茹でて皮を剥いた蕗はベーコンと一緒に炒めた。
冷やしエールは一人二杯まで。もっと飲みたきゃさっさと『スワロー』に行け!! と言う事なんですね。
「髭無し【穂先黍】が美味いな」
「悔しいけど拭き草の茎が美味いよ」
「茎を全部食材として使わなくてもかなりの量の廃棄物が減る」
「瓶詰めにしておけば保存もききそうだ」
「確か砂糖漬けにした物があるらしいです」
「何と背徳的な!!」
「砂糖か…。砂糖があればそれを作ってみて……」
「売るの? 凄〜く儲かりそう」
「甘く煮るのは水飴を使うとして、後はお砂糖なんですよね…」
サトウキビも甜菜も無い中、どうすれば砂糖にたどり着くんだろう……。
「甘い汁、って言っても労せず利益を得る方じゃなくて、樹液とか花蜜とか煮詰めて水分を飛ばしたら砂糖になるんじゃないか…って思うんですけど」
「水飴も蜂蜜も粉末状にはならなかったな」
{ ――― メイプル〜〜 ――― }
………!?
この声はAIさん改めヤーデさん!! まさかメイプルシロップから砂糖が!? メイプルシロップって前世ではカナダの名産品だったな。赤いギザギザな葉のマークが付いていて……、似た葉っぱって……あれってモミジか?
「あの…パイク=ラックさん、モミジとかカエデと呼ばれる樹は生えてますか?」
「『鶏足』も『蛙手』も同じ植物じゃよ。違いはのぅ、強いて言えば色が違うだけじゃな」
「確か樹液が出ますよね」
「蟻が集るのぅ」
「樹液を煮詰めるのか。面白そうだな。それで本当に砂糖が取れたら大革命じゃないのか?」
「それは『スワロー』に行ってから実験してね。俺は聞かなかった事にするから」
「いや、諦めてくれ。ホーク=エーツならミーシャの説明が不要だ」
後にこの尻を拭く草の茎の砂糖漬けは【天使の輪】と名付けられ、高級贈答品として売られることになるのだが、それはまだまだ先の話。
(作者より)
まさか、本年最後の投稿が拭き草の茎の砂糖漬けの話で終わろうとは……。
来年も宜しくお願いします。




