第146話
魚籠の話は本題じゃない。今一番聞きたかったのは研磨滓の拭き取りの話だ。バタバタすぎて聞けず終いだった。
「パイク=ラックさんは木工品の研磨後に製品に付いている微粉末をどう拭き取り処理していますか?」
「儂は使い古しの布で拭き取りじゃな。砥の粉の拭き取りもそれを使っておる。たまにケチって拭き草を使う輩がおるが、儂はお勧めせんぞ」
拭き草というのはトイレの紙代わりに使われている大振りの葉の事だ。乾燥させてから良く揉んだものが製品として流通している。買わなくても自家採取で生産は出来るけど意外と手間なので普通は買って使う。
「拭き草刈るの? 街道沿いに結構生えてるよ」
「要らん要らん!!」
「生えてるんですね」
「ミーシャに見せると食い出すんじゃないか?」
失礼な!! いくら俺でも用足し紙の素は食べないぞ……、多分。
「見せてみようよ」
「ホーク=エーツ、後悔しても知らないぞ」
「まさか、いくらボクでも用足しの草は食べませんよ」
なんて言ってたら馬車が止まった。マジなの? まぁ酔い止めを兼ねた休憩ということで外に出て空気を吸う事にした。
「これだね。この辺り全部、拭き草が群生してるよ」
ホーク=エーツさんが指差した辺りをざっと眺めてみるけど、俺には蕗の群生が有る様にしか見えない。蕗の葉の下に妖精さんも居ないしなぁ…。
「これですか?」
大きい物を採って茎を握って傘みたいにしてみる。ついでに『対物簡易鑑定』を掛ける。
【拭き草】:前世の蕗。葉はトイレの用足しの紙に加工され使われている。
あ、やっぱり蕗じゃないか。今の今までトイレに置いてあった拭き草を鑑定していなかった事を後悔したよ。何でも鑑定しなきゃ駄目なんだなぁ…。それはそれとして、蕗って事は茎を茹でてアク抜きしたら食べられるって事だな。
「ミーシャ、それは傘じゃないぞ。頭じゃなくて尻に使うんだぞ」
「この茎は茹でたら食べられるんですよ」
「はあっっ!?」
「嘘でしょ!?」
「あ、折角なので今夜食べましょう。葉はどうします? 干します?」
「まさか…じゃったな」
「そのまさかが出たな」
「本当に食べられるの!? もし茎が美味しかったら栽培して産業に出来るよ。ねえ、何で『ビレッジアップ』から『スワロー』に行く途中で報告案件が見つかるの???」
「しかも初日の明るいうちにじゃ」
「それも例の老ドワーフの知識なのか?」
「はい…」
暫し沈黙が支配する。そりゃそうだよなぁ…、用足し後の尻拭き草が、処理に使わない部位とは言え食料になるとかいきなり言われたら誰でもパニックになるわ。
「拭き草の下に妖精さんとかは居ないんですね」
「ん? 拭き草の下に妖精が居るなんて話は聞いたことがないな。妖精は居ないが拭き草の葉の上には稀に野生のスライムが乗っかっているぞ」
「そもそも拭き草の上に居たスライムが赤スライムの原種だからね。捕まえたら育てられるよ」
「ここよりはるか北方の『オータム=パディ領』の『スタッグ』にはオーガが隠れるくらい大きな拭き草が生えているそうじゃ」
蕗の下にオーガって……。
蕗狩りをしていたらヨモギっぽい植物を発見。『対物簡易鑑定』したら
【不来虫草】:前世のヨモギ。葉の裏の毛を集めた物が艾で、お灸としても使える。若い葉はヨモギ餅の材料。エルフは食用にしている。全草を灰にした物を振り掛けて害虫避けに使う。燃やした時に出る煙は独特の臭いを発するが虫除けになるので野営時には必須である。
そうか、ドワーフはヨモギは食べないんだな。そして “ 虫来なず ” 的な使い方なのか。
「これ、使います?」
「おっ、【不来虫草】か。久々に焚くか」
「懐かしいのぅ…。髭無しの頃に全身に振り掛けられたものじゃ」
「俺は無いな」
「最近は髭無しにも掛けないなぁ。家畜や従魔や狩猟した獣に振り掛けてダニを外すのに使う程度かな」
「【運魔】達に振り掛けてタワシでブラッシングしてあげたらいいのかな?」
ヒヒン ヒヒーン
急にポニー達が鳴き声を上げながらヘドバンを始める。これは要求してるのかな?
「ミーシャの発言が狙われたみたいだね」
「何にせよ今夜燃やして灰を作らないことにはブラッシング前に掛けてやれないんだがな」
「ワギュ、ラパン、灰が出来るまで待っててくれるかな?」
ヘドバンが収まる。多分OKってことにしておこう。
–––– side 【運魔】 ––––
「ミーシャちゃん面白いね」
「ドワーフ、尻拭き草も喰うのか…」
「それより虫除け灰だよ」
「俺たちにはあまり使ってくれない灰な」
「普通のダニは滅多に付かないからね」
「だがブラッシングは正義」
「ふふっ、楽しみだね」




