表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/148

Episode:1  046 悪魔の力


 先手必勝とばかりに、全体重を載せた一撃をライアンは繰り出した。


 それをルドルフは剣で受け止める。ライアンの渾身の力を込めた一撃ですら、ルドルフをよろめかすことさえできなかった。岩を斬りつけたような手の感触に舌打ちしながら、ライアンは再び攻撃の構えを取った。


 ――一度で駄目なら何度でも。

 体格と力で勝る相手を前に、ライアンは足と手数で勝負を懸ける。


 反撃を喰らうことなど忘却したかのような勇猛さで相手の懐に踏み込み、常人では視認すら困難な速さで連続攻撃を繰り出した。


 しかし、その全てをルドルフは軽々と弾き飛ばしていった。

 ライアンは偽攻を一つ挟んで剣撃を放った。これもルドルフは受けるが、わずかにその身体がよろめいた。


 勝機と見てライアンは斬りかかるが、相手からの返し技の気配を感じた。

 慌てて防御に転じるが、それを嘲笑うかのように、巨体から回し蹴りが跳んできた。

 蹴り飛ばされて転がるライアン。その姿を見てルドルフは嗤った。


「お前に剣を教えてやったのは誰だか忘れたか? お前が一度も勝てなかったのは誰だったか忘れたか?」

 挑発するようにルドルフは言った。


 歯噛みしながらもライアンは立ち上がり再び剣を構えた。

 そして背を丸めたかと思うと、地を這う獣のように突貫(とっかん)した。

 ひときわ大きく踏み込んだ時――。


 視界が赤色に染められた。


 ルドルフは脱いだサーコートで、ライアンの視界を奪ったのだった。

 ライアンの肩に激痛が走った。サーコートごと貫かれた剣が深々と肩に刺さっていた。


 再び蹴り飛ばされて、床を転がされるライアン。なんとか身体を起こすが、傷口から吹き出る血は腕を伝わり、握る剣の束まで赤く染めている。

「チッ」


 ライアンは剣を左手に持ち替えて、再び構えを取った。

 そこへ攻勢に転じたルドルフが襲いかかった。


 巨体を活かした大きな振り上げからの、斜めに斬り降ろす憤撃(ふんげき)

 岩をも砕かんばかりの一撃を、ライアンは間一髪避けた。


 しかし、空を切ったルドルフの剣がするりと刃先を変え、下段からの強烈な斬り上げが来た。回避は間に合わず、ライアンは剣で受けるが、体勢を大きく崩されてしまう。


「フンッ」

 ルドルフから放たれた拳が、ライアンのわき腹にめり込んだ。

 破城槌(はじょうつい)のような一撃に、ライアンの身体はくの字に折れる。ルドルフは縮こまったライアンの身体を乱暴に蹴り飛ばした。


「ライアンさんっ」

 床に這いつくばるライアンに、リリアが駆け寄ってきた。


 ライアンと寄り添う少女を見ながら、ルドルフは再び嗤う。

「所詮はその程度なのだ。息巻いたところで貴様はその程度だ。そこの悪魔が居なければ、貴様など路傍の石に等しい。儂に剣を向ける価値など貴様には無いのだ」


 傷一つついていない煌びやかな甲冑の上では、その輝きに似つかわしくない野卑な表情を浮かべたルドルフの顔があった。彼はことさらゆっくりと距離を詰めてくる。


 ライアンは苦悶の表情を浮かべながらも、必死に立ち上がろうとした。しかし出血に視界はかすみ、膝は震えてうまく動いてくれない。

 わき腹から頭の中が真っ白になりそうな激痛が来て、思わず膝が落ちた。

 その時、ライアンの剣を持つ手に、リリアの手が添えられた。

 そのままリリアは、ライアンの耳元へ顔を近づけてきた。


「ふっ、今さら、逃げる相談か?」

 二人の姿を見てルドルフは呟いた。


「……なんだと?」

 ライアンが声を上げた。

 驚きの表情を浮かべるライアンに、リリアは決意を秘めた眼差しで応えた。

 そのやりとりを、ルドルフは訝りながら見る。


 次の瞬間、ルドルフは目を疑った。

 立ち上がったリリアが剣を握り、その鋒先を向けているのだ。

 その光景に老騎士はほうけてしまった。


「フ、フハッ、フハハハハ! これはいい。その悪魔が相手になるというのか、偉そうに誇りなどを語っていたくせに、このザマか、ライアン!」

 嗤いながらルドルフは、侮蔑の言葉を口にした。


 突如、眩い閃光が発生した。


 発生源はリリアの手元だった。

 蒼い光は収束して空中に魔方陣のような紋様を浮かび上がらせた。その中心にはライアンの剣が固定されたかのように浮いている。

 青白く照らされたリリアの口元が微かに動いた。

 すると、魔方陣は輝きを増しながら、剣を飲み込むように消していった。剣を消し去った後、魔方陣は役目を終えたかのようにその姿を消した。

「契約の儀、終わりました。ライアンさん」

 悪魔の少女は言った。


「な、なんだ、何が起こった? 何をした?」

 目の前で起きた出来事を理解できずに狼狽するルドルフ。


「『()()()()』だ」


 俯いたライアンの口から言葉が聞こえた。

「さすがのアンタの情報網でもこれは知らないだろう? 重器契約ってのは、大事な品物を捧げる代わりに、ささやかな願いを叶えてくれる契約だ」


「大事な品物だと……、願いだと……?」

 ルドルフは呟きながら、先程見た光景を必死に思い出した。


「剣? お前、自分の剣を捧げたのか! まさか、その願いは……」

 ルドルフの視線は悪魔の少女に向けられた。老騎士の殺気はその矛先を少女へと変えた。そして剣を振り上げて、リリアに向かって突進をする。


「この悪魔がぁ!」

 ルドルフの剣がリリアに迫る――しかし、するりとライアンの身体が立ち塞がった。


 剣がライアンの身体を捉える寸前、彼は素手で剣を受け止めた。

 その光景にルドルフは驚愕した。


「早とちりをするんじゃねぇ。リリアにはお前の排除は頼んでねえ。俺の願いは――」


 刃を握りしめながらライアンは、ゆっくりと顔を上げた。


「――我に、悪魔の力を貸し与えよ」


 蒼く爛然と輝く双眸を見開いて、ライアンが告げた。

 その双眸は脅威を前にした悪魔の少女のそれと同じ輝きだった。


 瞬きとともに、契約の標的と定めた老騎士の姿を除いて、ライアンの視界から一切の景色が消え去った。

 意識は澄み渡り、身体の隅々まで濃密に意識が張り巡らされていくようで、この世界の全てが己の意のままに操れる感覚。

 相変わらず傷口からは血が流れているが、痛みを感じる領域すら無くなってしまったかのようで、知らず口元は笑みを形作っていた。


 ルドルフは思わず後ずさった。脚はがくがくと震えて、今にも崩れ落ちそうだ。

 ライアンは手に軽く力を込めた。

 握っていた剣が力加減に似合わない激しい音を立てて折れた。


 そのまま老騎士に向かって手を突き出した。その手に突かれて、ルドルフの巨躯がうそみたいに跳ねた。吹き飛ばされた老騎士は、床の上で声にならない呻き声を上げている。

 ゆっくりとルドルフに近づき、胸倉を掴んで捻じり上げた。


 深手を負っているはずの右腕は滑らかに動き、巨躯(きょく)を難なく持ち上げた。

 怖気に染まる老騎士の顔を見ながら、ライアンは目を眇めた。


 そのライアンの顔に、ルドルフは拳打を放った。まともに命中するが、ライアンはびくともしない。  

 そして、涼しげな顔で蝿でもはらうようにルドルフの拳を手で払った。

 その光景にルドルフの顔はよりいっそう醜く恐怖に歪んだ。


「ま、待て、ライアン。わ、儂は……」

 胸倉を掴むライアンの手から蒼い炎が発火した。

 炎はみるみる大きくなり、生き物のようにうねりながら、老騎士の身体を包んでいく。


「先に行っていてくれ」

 遂に炎はルドルフの全身を呑み込んだ。


 炎は一度だけ大きく揺れたかと思うと、灰だけを残して綺麗に消えてしまった。


 同時にライアンの双眸からも蒼い光が消えた。


 ライアンの全身から力が抜けていき、自分の体が自分の物では無いような、そんな感覚が彼を襲う。

薄暗い水の中に沈んでいくような感覚だった。


 沈んでいく先は底があるのかも判らないほど暗くて、藻掻いても沈むことからは逃れられそうにない。

 薄れゆく意識の中でそんな光景を思い浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ