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Episode:1  027 クロムウェル家の晩餐会

 晩餐会当日――。


 アンジェリカ皇女邸のメイドたちは朝から慌しかった。

 シェリーがクロムウェル卿主催の晩餐会に出席することは三日前に判っていたが、当日になってライアンとリリアも出席することが判り、大急ぎでその準備に追われている。


 ライアンはシェリーの護衛役であるトリシアの補佐として同行することとなっていた。

 そして、リリアに関しては、晩餐会の給仕に手伝いを派遣するという体裁を取っていた。

 クロムウェル家の執事は、給仕の人手は足りていると難色を示していたが、トリシアが皇女の名を巧みに使い、無理矢理にねじ込んだ形だった。


 事情は判らずとも、自分たちを代表してリリアが貴族の晩餐会に派遣される。

 下手なメイドを派遣してはアンジェリカ様の名に傷が付くという建前のもと、リリアはメイドたちの玩具にされていた。

 朝から香油入りの風呂に入れられ、身体の隅々まで洗われた後、髪は丁寧に整えられた。

 メイド服に関しては小柄なリリアの身体に合わせて、新しく仕立てられた。


 今はリリアの飾りつけの最終段階として、顔に化粧が施されている最中だった。何人かのメイドが集り、きゃあきゃあ言いながらリリアの白い肌をキャンバス代わりにしている。


 少し離れたところで見守っていたテレザがわざとらしく咳払いをした。


「みんな。リリアちゃんはあくまで給仕に行くのよ。そんな派手なお化粧では、貴族のご令嬢の方々よりも目立ってしまうわよ」

 リリアの顔が薄化粧に落ち着き、メイドたちの手から解放されたころには、もう出発する時間が迫っていた。リリアが早足で迎えの馬車に向かう道すがら、ライアンと鉢合わせとなった。昨晩の出来事を思い出したリリアは押し黙ってしまった。


「すまなかった、リリア!」

 いきなりライアンが頭を下げてきた。


「昨日は悪酔いしていて、お前に変な絡み方をしたみたいだ。本当にすまない」

 そう言いながら、ライアンは申し訳無さそうな愛想笑いを浮かべた。

 そのぎこちない笑顔が胸を衝く。リリアは口を引き結んで、ぺこりと頭を下げた。


「わたしこそ、昨日はごめんなさい。少し疲れていたみたいで。それに、あまり大勢の人がいるところは苦手なもので、あんな態度を取ってしまいました」


「そ、そうだったのか。疲れていたのか」

 安堵のため息交じりでライアンは言った。


 そこへ馬車の御者が現れ、出発の用意ができていると告げた。

「それじゃ、行こうか。リリア」

 まだぎこちなさが残るライアンに、リリアは柔らかい笑みで応えた。


*****************


 クロムウェル家は、代々リアンダール王国の要職を務めてきた『王族の右腕』とも称される家柄である。

 その格式の高さは、リアンダール王国貴族の間の中でも図抜けた存在であるといえる。

 そのクロムウェル家の主催する晩餐会となれば、そこに出席する顔ぶれは王族が主催する晩餐会と比べても引けを取らない。

 貴族の家系はもちろんのこと、リアンダール王国屈指の名望家(めいぼうか)や、王国軍の将官たちもずらりと顔を揃えていた。

 一目姿を見るだけで、『脅威』かどうかを見分けることができるリリアの能力を使うには、これほど適した場は無いと言える。


「リリアは?」

「問題ない。クロムウェル家のメイド長に引き合わせてきた」

 ライアンとトリシアは端的に会話を交わす。


 二人は護衛という名目上、晩餐会には参加せず会場外で待機という形を取っている。

「さて、あとは網にかかるのを待つだけだな」

 緊張感の無い口調でライアンが呟いた。


「のんきなものだ。腹立たしいほどにな」

 低い剣呑(けんのん)な声でトリシアが反応した。


「だってそうだろ? あとはリリアが見つけるのを待つしかないじゃないか」

「一歩間違えば、アンジェリカ様に累が及ぶかもしれぬというのに、貴様という奴は」


「落ち着けって。そうならないように、俺達はここにいるんだろ?」

「事が起きては遅いのだ!」

 トリシアの咆哮が響いた。その声は周りにいた他の護衛兵の注目を集める。


「大声をだすなっ。人が集るだろうがっ」

 そう言われて、トリシアはひとつ咳払いをした。

「ふんっ。なぜこのような大事な時期に、こんなことをせねばならぬのだ……」

「大事な時期? あぁ、アレか。もう近いのか、シェリーの婚約」

「来月の予定だ」

「お相手は…………誰だっけ?」

「ザウスベルク帝国のゲルハルト皇子だ。騎士ならそれぐらい覚えておけ。ばか者が」


 容赦ない悪罵にライアンは返す言葉は無かった。故国の姫君の結婚相手となれば、騎士で無くとも知っていて当然の情報だった。


「そうか、じゃあ、もう夜遊びはできなくなるな。良かったじゃねえか。お前はずっと反対していたからな」

「ふん。お前の顔を見なくて済むと思うとせいせいする」

「はっ、お互い様だ」


 お互い視線も合わせずに悪態を交わす。しかし険悪な空気は無く、むしろもの寂しさを感じる気配がそこにはあった。


 壁にもたれかかって虚空を見つめるライアン。そこへ小さな足音が近づいてきた。

 足音の主は緊張した面持ちのリリアだった。


「まさか、もう見つかったのか?」


 ライアンの問いにリリアは首肯で応じた。


「よし、リリア。案内してくれ」



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