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Episode:1  021 馬車に乗せられて

 次の日――。


 シェリーの言い付けどおりに、貧民街の自家で待機していたライアンは、外のざわめきに気づいた。

 いつもは棲家に引きこもっている貧民街の連中が、大勢外に出てきているようだった。リリアもそれに気づいたようで、ライアンの顔を見る。


「な、何かあったのでしょうか……?」

 ライアンは外の気配に耳を澄ます。だが何か荒事が起きているような気配は無く、人が大勢外に出ているということ以外は何もわからなかった。


「外に出てみよう」

 家の外で見たものは貧民街の街並みにはおよそ似合わない、二頭立ての豪華な箱型馬車だった。

 乗客を乗せるキャビンは艶々とした光沢を纏い、所々には華やかな飾りが施されていた。


 その壮麗な馬車の佇まいに、誰か高貴な御方が現れたのか、と見物人が集っていた。


 だが貧民街の人間は、おしなべて高貴な人間には抵抗があるため、近寄ってみるようなことはせずに遠目に眺めているだけだった。背筋の伸びた姿勢の良い男がライアンの前に近づいてきた。

 格好から察するに、どうやらこの豪華な馬車の御者らしかった。


「騎士ライアン様。お迎えに上がりました」

 恭しく頭を垂れる御者。

 ライアンは馬車を見た時点である程度は予想していたので、狼狽えることは無かった。


「わかった」

 ライアンは返事をして、馬車に見とれているリリアに言う。

「リリア、俺はちょっと出かけてくる」

「そちらのお連れのお嬢様もご一緒に、とのことです」

 御者はにこやかに言うと、返事は待たずにキャビンの扉を開けて乗車を促すのだった。


***************


 二人を乗せた馬車は、軽やかな足取りでエディンオルの街路を進む。


 リリアは窓から外の景色を眺めていた。

 馬車の中からいつもより高い視点で街を見ているせいか、なんだかふわふわとした気持ちになっていた。横に座るライアンを見やった。

 彼も窓の外に目を向けていたが、その顔は明らかにふて腐れている。馬車に乗ったときからずっとこの調子だ。


 話しかけるのが(はばか)られて、リリアは再び窓の外に視線を戻した。

 そして、街の景色が変わっていることに気づいた。

 先程までは貧民街の質素な建物が並んでいたのに、今は随分と立派な建物が建ち並んでいる。道行く人の数も明らかに増えていて、皆整った身なりをしている。


 街の中心に近づくにつれ街は豊かになっていくことを聞いていたリリアは、この馬車が街の中心近くに来ているのだと悟った。

 目の前を通り過ぎていく綺麗な建物をぼんやり眺めていると、馬車は緩やかに停まった。

 降りる場所なのかと思っていたが、そうではなかった。御者が誰かと話している声が聞こえる。ややあって、馬車は再び進み始めた。


 すると、窓の外の景色は一変して、建物の代わりに鮮やかな緑の芝生が現れた。

 馬車はどうやら街の中心近くのどこかの庭園の中を進んでいるようだった。


「ラ、ライアンさん。ここって」

「ああ、城の敷地に入ったみたいだな」

 空き地に入ったかのような軽い言い草にリリアは狼狽える。

 騎士のライアンならばともかく、自分のような者が簡単に入れるものなのか、リリアは不思議に思った。


 やがて馬車が滑らかに停まり、心地良い揺れに包まれていたキャビンに静けさが訪れた。

 ややあって、キャビンの扉が外から開けられた。

 扉側に座っていたライアンはしばらく動かなかったが、御者に促されてしぶしぶといった表情で座席から降りた。

 それに続いてリリアが御者に手を借りて馬車を降りた。


 リリアの目の前に現れたのは、艷やかな落栗色の大きな扉だった。

 扉の両脇には揃いの服を来たメイドたちが綺麗に並んでいる。

 その扉は館の玄関扉らしく、扉を中心にして建物の壁がどこまでも続いていて、館の全容が視界に収まりきらない程だ。建物の外壁は白を基調としながらも、所々に扉と同じ落栗色の窓枠が配置されていて、その色彩の対比が瀟洒(しょうしゃ)な印像を与えていた。


「行くぞ、リリア」

 ライアンの声にリリアは我に返った。

 見ると一人のメイドが前に立っている。どうやら中に案内しようということらしい。普段と変わらない様子で歩いて行くライアンの後ろを、ぎこちなくリリアが続く。

 

 二人が通された大広間では、またしても両脇を人が固めていた。

 脇を固めるのは、貴族の男性が着るような細身の丈の長い上着を羽織った女性たち。その全員が腰から剣を下げていて、さながら女騎士といったところだった。


 彼女たちはライアンたちが入ってきても反応はなく、彫像のようにただ屹立(きつりつ)している。

 館の内部は外観同様に派手さが無く、白色系の大理石と黒茶色の木材の色彩の対比が美しくも落ち着いた空間だった。

 むしろ豪奢な装飾を控えることで、洗練された雰囲気を引き立てているようにも見えた。女騎士たちに挟まれる形で、大理石の床に敷かれた絨毯の上で、ぽつんと佇むライアンとリリア。


 リリアは場違いな空気に動揺しているが、ライアンは慣れているのか開き直っているのか、悠然と立っている。

 そこへ小気味よく靴底を鳴らす音が近づいてきた。両脇の女騎士たちと同様に帯剣した麗人だった。


「お待ちしておりました、騎士ライアン殿。我が主、アンジェリカ様はお庭でお待ちになられています」

 その体温を感じない声音にリリアは反応した。

 そして、声の主を見て目を丸くした。そこには騎士の出で立ちをしたトリシアの姿があったのだ。


 リリアの視線を感じたトリシアは緩く微笑んだ。

「お連れ様もご一緒に。どうぞこちらです」

 トリシアは踵を返して歩き始めた。

 しかし、歩き始めて、ライアンが付いて来ないことに気づいて振り返る。


「どうぞ、こちらです」

 大広間の温度が下がるような底冷えのする低い声だった。

 ライアンは小さく舌打ちをして、不承不承と歩き始めた。


 トリシアを先頭にして、ライアンとリリアを女騎士の一団が後ろから挟む形で形成された一行が、屋敷の中を奥に進むと、緑の芝生が眩しい庭へ出た。

 そこでトリシアは足を止めて、ライアンに振り返った。


「ライアン殿。分かっておられるとは思いますが、アンジェリカ様の御前では無礼な言葉遣いや振る舞いは慎んで頂くようお願いします。そちらのお連れ様も含めて」

 トリシアはそう言いながら、リリアにも視線を配った。


「承知している。パトリシア隊長。わたしとて、光栄なる謁見の場にて姫の不興を買いたくはない。それに――」

 ライアンは用意していたかのようにすらすらと応えた。

「それに?」

「――それに、下手な真似をして、親衛隊長である貴殿に斬られるのは御免だ。俺はまだ死にたくはない」

 言いながらライアンは首元を手で掻っ切る仕草をした。


 そのおどけた仕草に、後ろの剣士達から笑いを噛み殺す音が聞こえた。

 しかしトリシアは動じず、冷め切った眼でライアンを見る。

 

 そして「結構です」とだけ言い、再び歩き始めた。



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