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Episode:1  020 新たなる協力者


 再びルドルフの家までやって来たライアンたちは、先日の時と同じく書斎に通された。


「まずは、例の薬についてだ」

 椅子に座るなりルドルフが口を開いた。


「何か判ったのか?」

「ドロシーに頼んで調べてもらったのだが、あの薬の原料には珍しい薬草が使われているらしくてな。そしてその薬草はリアンダール国内で手に入れることは極めて困難だという」


「それは……」

「ああ、いよいよもってジルドの単独での凶行とは考えにくくなった」

 ライアンの頷きを確認して、ルドルフは言葉を続ける。


「入手困難な薬草、その入手経路から協力者を絞れないかと思ったのだが……。残念ながら、ドロシーの伝手を使ってもそれはできなかった」

「け、結局、振りだしかよ……」

 肩を落とすライアン。しかしルドルフは不敵に笑う。


「まだある。原料の方からは手がかりを辿れなかったが、他に面白い情報があった」

「なんだ、それは?」

「数カ月前のことだ。街の闇市に大量の宝石類が流れてきたらしい。おそらくは誰かが財産を金に換えたのだろうが、売り手の身元は隠されていたらしいのだ。不自然なほどにな」

 闇市に流れてきた大量の宝石類――普段のライアンには全く関わりの無い話だったが、今は違っていた。館でのルドルフの話と繋がる、ジルドでは用意できないモノ――。


「その宝石を売ったやつが、ジルドに資金を提供した?」

「断定はできないがその可能性はある。そして、宝石を鑑定した闇市の商人の話によると、その品物はどれもがリアンダール王国で古くに造られた骨とう品だと言う」

「リアンダール王国で造られた骨とう品って、そんなもの持っている人間は……」

「それらは、リアンダールの王族や貴族が持っていてもおかしく無い品物であり、逆に彼ら以外が持っているのがおかしい逸品だそうだ」


「うそだろ。リアンダールの王族か貴族だって……?」

「その宝石を売った人間が、ジルドの資金源だと決まったわけでは無い。だが、儂の悪い予想が正しければ、王国の中枢にお前の言う『脅威』が潜んでいることになる」

 ルドルフが悠揚迫(ゆうようせま)らぬ態度で語る言葉は、ライアンの胸中に重くのしかかった。

 王族か貴族が相手となると迂闊には手は出せないどころか、貧民街出身の騎士のライアンでは近づくことすらかなわない。街はずれに住まう自称錬金術師を相手にするのとはわけが違うのだ。


「深刻になりすぎるな。ライアン」

 落ち着いた声でルドルフから語りかけられた。平静を装っていたつもりだったが、見透かされていたらしい。意識的に息を吐いて丸まっていた背中を起こした。


「それより、よくここまで調べたな。最後に会ってから三日と経ってないぞ?」

「さすがに儂一人ではここまでは無理だ。あまり頼みたくなかったが、事が事だけにある者に協力を求めたのだ」


 その言葉はすなわち、他の人間にこの話が漏れていることを意味していた。

 瞬時にそれに気づいたライアンは立ち上がった。

「ま、待ってくれ! 他の人間に喋ったのか?」

 その時、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれた。


「そこから先は私が話すわ」

 薄暗い書斎を照らすように颯爽(さっそう)と登場したのはシェリーだった。

 酒場の時と同じく、後ろにはトリシアを連れていた。固まって動けないライアンをよそに、ルドルフはゆっくりと椅子から立ち上がった。


「じゃ、儂はこのへんで」


「待てコラァ! ジジイ!」


 そそくさと書斎から出ようする老騎士にライアンは声を荒げた。そこへ床を激しく踏みつける音がした。足踏みの主は冷酷な笑みを浮かべるシェリーだった。


「アンタの相手は、ワタシ」

 青ざめるライアンの横では、例のごとくリリアが膝の上の握りこぶしを見つめて固まっている。

 それに倣うようにライアンも身を縮こまらせて椅子に座った。


 酒場の時と同じく、扉の前にはトリシアが腕を組んで立っている。こちらを見つめる眼は酷く冷たい。先程の激しい足踏みが嘘だったかのような、優雅な身ごなしでシェリーが椅子に腰掛けた。書斎には沈黙の時が流れる。


 俯いて黙りこくるライアンに対して、シェリーは何も言ってこない。

 ライアンは少し顔を上げた。そこには拗ねた子供のように唇を尖らせたシェリーの顔があった。美しい碧眼には憂いの色が見える。その顔を直視できなくて再び頭を下げる。


「アンタ、私に感謝しなさいよ。私が前もって止めていなかったら、今頃はトリシアにぶん殴られていたわよ」

 再びライアンは顔を上げた。シェリーの唇は相変わらず尖ったままだったが、双眸からは憂いの色は消えていた。トリシアの方へは顔を向けられなかった。顔を向けずとも痛いくらい視線が突き刺さるのを感じられたからだ。


「あと、ルドルフにも感謝なさい。穏便に済ましてやってくれって頼んでいたのだから」

「お、俺は」

「判っているわ。私たちを巻き込まないようにって、考えていたのでしょ? 判っているわよ。判っているけど……」

「す、すまない」

「ま、いいわ。アンタを苛めて喜ぶ趣味は無いし、これからの話をしましょう」

 そう言うシェリーの声音には寂寥(せきりょう)の感情が混じっており、務めて明るく振舞っているようだった。このまま縮こまっていると、更にシェリーに気を使わせることになる。そう考えてライアンも凛々しく応える。


「わ、判った。そうしよう」

 口角を緩く上げてシェリーは微笑んだ。

「それにしても、驚いたわ。この娘がまさか――」

 シェリーは興味深そうにリリアを見た。ライアンの背筋に冷たいものが伝う。


「――凄い魔導師なんて。人は見かけによらないものね。どうしたのライアン? 青い顔をして」

「え? 魔導師?」

「いまさら隠しても遅いわよ。全部ルドルフが教えてくれたのだから。リリアちゃんだっけ? 魔獣を一瞬で焼き尽くす凄い魔法が使えるのでしょう」

 その言葉が解読できずにライアンの頭は固まった。


「ご、ごめんなさい。私、嘘をついていました――」

 リリアがぺこりと頭を下げて話し始めた。

「――でも、あの時はあのように言うしかありませんでした。騎士団の壊滅と時を同じくして、私のような胡散臭い魔導師が現れたとなると、私が関与していると疑われてしまうと思いましたので……」

 言い終わりに再びリリアは深く頭を下げた。


 その完璧な返答に、一番感心していたのはライアンだった。

「まぁ、いいわ。酒場で言われても、きっと信じなかっただろうし」

 シェリーは怪訝そうにライアンの顔を見ながらも、リリアの謝罪の言葉に応える。


「そ、そうだろう。お、俺もそう思ったんだ……」

 ようやく会話に追いついたライアンを、リリアはちらりと見て安堵の息を吐いた。

「で、ここからが本題よ、ライアン。アンタが私たちを巻き込みたくないって言っても、ここまでが限界よ。ここから先は私が介入するわ。というか、私たちの手助け無しではこれ以上は進めないでしょう?」

 シェリーの言葉の意味を理解しかねるリリアが、説明を求める視線をライアンに向けた。

 ライアンは横目で少女の双眸を見て、その瞳に蒼い光が滲んでいないのを確認した。


「介入するって、どうするつもりだ?」

「明日、家で待ってなさい。絶対によ。もし居なかったら、どうなるか分かっているわね?」

 扉の前のトリシアから、わざとらしい咳払いが聞こえた。そして彼女は、握りこぶしに手を重ねてパキパキと鳴らしている。ライアンは周囲の空気が冷えていくのを感じた。


「……わかった。明日は家でゆっくりするとしよう」

 よくできました、とばかりにシェリーが微笑んだ。


 その笑顔は作り笑いにしてはとても優雅なものだった。




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