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Episode:1  002 悪魔との邂逅

「ちくしょう! どうしてこんなことに!」


 ライアンは、古びた木の壁にもたれ掛かって(うめ)くように呟いた。

 がらんどうとした部屋には、その呟きに応えるものは居ない。ライアンひとりが佇むその部屋には調度品の類は見当たらず、壁や床の至るところには大きな穴が開き、廃屋と呼ぶに相応しい様相を呈していた。

 

 ライアンは身をよじって、傍らの窓から外を見やった。目に映る光景に、呼吸が思わず止まりそうになった。窓の外に広がる景色は地獄そのものだった。


 大小様々な無数の魔獣たちが(うごめ)き彷徨い、それらの足元には累々と騎士たちの死体が転がっている。戦場と呼ぶには(はばか)られる、あまりにも一方的な蹂躙(じゅうりん)の場だった。


「どうして、こんなところに魔獣が。アイツ等、なんでこんなところまで出てきやがっているんだ!」


 ライアンが身に着けている紋様が刻まれた豪奢な甲冑は、血と泥にまみれて今は見る影も無い。

 哨戒任務とは名ばかりのただの散歩のはずだった。


 しかし、騎士団が帰途につこうとしたその時、突如として魔獣の大群が現れて、騎士団を強襲した。不意打ちを喰らった騎士団は陣形を整える間も無く、瞬く間に魔獣の群に飲み込まれてしまった。


 奇襲による混乱の極みの中でも、騎士たちは勇猛に応戦した。

 しかし、人間と魔獣との膂力(りょりょく)の差に加えて数の差がありすぎた。

 ひとりまた一人と、騎士たちは魔獣の歯牙にかかり倒れていった。

 

 魔獣たちの圧倒的な暴力の前にラウンド騎士団は壊滅してしまい、残ったのはこの廃屋に身を潜めるライアンただ一人となっていた。


「くそっ、あの数はマズい。なんとか、街に伝えないと……」


 眼前の魔獣の大群が、エディンオル市街へなだれ込む光景を想像してライアンは歯噛みする。

 王都エディンオルの正規軍の兵力をもってすれば、王都が陥落することは無いだろう。それに王都の中心にそびえるエディンオル城も無事に済むだろう。


 しかし、迎撃の準備をするのとしないのでは、市街に与える損害は雲泥の差となる。

 彼の脳裏に見知った顔が浮かぶ。


「問題は俺の言うことを信じてくれるか、だな」

 一人で街へ戻って、この惨状を伝えたところで誰が信じてくれるのだろう。

 こんな自分の言うことを誰が。


「だが、やるしかないか」


 ライアンは窓から身を離して、外への扉の前で身を屈めた。

 愛剣と首元の騎士の頸飾を両手のそれぞれの手で握り、祈るように眼を閉じる。


 ――どうか、街まで辿り着かせてくれ。


 ライアンは眼を開けて、全身に力を込めた。

 決死の突撃の瞬間。


「あのぉ、お困りですか?」

 間の抜けた声が至近距離で耳朶に触れた。

「!」

 ライアンは驚きのあまり声すら出なかった。


 声の方を振り向くと、そこには一人の少女が座っていた。


「だ、誰だ! い、いつから居た!」

 つい荒げた声に少女は身を縮こまらせた。

 その柔弱な物腰を見て、ライアンは抜きかけていた剣を収めた。


 その小柄な少女は漆黒のワンピースを着ており、その飾り気の無い服は、黒い布以外は腰の辺りを留めたベルトがあるくらいだった。

 スカートの裾からは白い膝頭をのぞかせていて、膝下には服と同じように真っ黒なブーツを履いている。

 幼さの残る顔には白い肌に大きな瞳が映えていて、瞳と同じ色の黒髪を短く揃えた髪型は、顔と相まって少女の見た目の年齢を下げていた。


「あ、あの、わたし、リリアと言います……」

 幼い顔に似合う細い声で少女は言った。


「え、あぁ、リリア? あぁ、名前か。こんなところで何をやっているんだ?」

「ええと、あの、上で、二階で寝ていたのですが、何やら外が騒がしいので、降りてみたら、その、貴方がしゃがみこんでいたので……声を……」


 街から離れたこんな廃屋で女の子が一人で寝ていた――少女の答えは理解に苦しむものだった。


「あ、あの、それで、何かお困りですか?」

 リリアと名乗る少女は、真剣な眼差しで見つめてきた。

「あ、あぁ、困っているというか、少し、いや、かなり危機的な状況だが……」

「危機的状況?」

「そっと、外を見てみろ」


 言われるままに少女――リリアはそろりと窓から外を覗いた。そして悲鳴を噛み殺すように短く息を飲む。顔を蒼白にする少女にライアンは手招きをして横に座らせた。


「判ったか?」

 眼を潤ませて、リリアはこくこくと頷いた。

 小動物のような少女を見ながら、ライアンは思案の糸を張り巡らせる。


 街に魔獣の襲撃を知らせること、それだけでも手に余るというのに、守らなければならない対象ができてしまった。

 今にもこの廃屋に魔獣が入ってきてもおかしくは無い。ここに隠れていても、いずれは魔獣たちの餌食になるのは目に見えている。


 ――ふと、思いついた。かなり強引だが街への連絡と少女の保護、これを両立する案が。



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