Episode:3 044[EPI完] いつもの夜
「――なるほど、そういうことですか」
リネットからの報告を聞いたフランツはうんうんと頷いた。リネットは手ひどくやられたものの、命には別状無く、今もベッドの上で起き上がって、フランツと話をしている。
フランツはガイゼンが行っていた裏工作を全て説明した。
人を雇って嘘の目撃情報を奇跡調査局へ持ち込ませる所から始まり、廃村に人を配置してエバンジュの降臨を装い、クレールダルクにおいても、人を雇って天啓の演出も仕込み、更には中立兵団の中にも協力者を作っていたのだった。
「すいません。私がガイゼン上級監査官のおかしい点に気づいていれば……」
リネットは項垂れながら言う。
「仕方が無いよ。相手はあの上級監査官だ。疑いを持つことは難しいよ」
「あ、ありがとうございます」
リネットは少し安心したように微笑む。
「フランツさん。どうするんですか?」
そう聞いてきたのは、エマだった。
「どうする、とはなんだい?」
フランツは聞き返す。
「とぼけないで下さい。また悪魔の力によって奇跡がおきました。本局へ報告の上、悪魔への対処をするべきです」
「対処ってどうするの?」
「そ、それは、本局へ連行して、調査を……」
「ライアンを相手にそれができると思う?」
「…………」
「ま、それに、アイゼンフェルの時も言ったけど、魂を取ったっていう証拠も無いからね」
フランツは両手を広げておどけた様子を見せる。
「フランツさんは、あの二人に甘すぎます。また曖昧な報告書を書いて怒られますよ。また私も一緒に怒られるんですからね」
エマは仏頂面で言うが、フランツはからからと笑う。
「あ、あのぉ、さっきから言っている悪魔って、何のことですか?」
リネットが不思議そうに聞いてきた。
「さあ、何だろうね」
フランツは笑いながら言った。
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修道院の裏庭にて――。
木剣を構えたトリシアが子どもたちに取り囲まれている。
以前、ライアンとトリシアの稽古を見ていた子どもたちは、トリシアが現れるなり、木剣を持って寄ってきた。
最初は相手にしないトリシアだったが、シェリーに促されて渋々木剣を握った。
しかし、子どもが相手とはいえ、剣を握った以上は手を抜けないトリシアは、子どもたちに向けて本気の殺気を放っている。
当然のことながら、子どもたちは動けるはずも無く、トリシアを取り囲んだまま膠着状態になっていたのだった。
少し離れた木陰では、シェリーとリリアがその光景を眺めている。
「それにしてもまたタダ働きね。リリアちゃん、そろそろ誰かに怒られないの? 悪魔に上司とかいないのかしら?」
リリアは首を捻って考える。
「え、上司ですか……聞いた記憶が無いですね」
「ふーん。それで、これからどうするの? また旅にでるのかしら?」
「ええ、内戦も終わりましたし、ライアンさんも別の街に行こうかと言っていました」
「そうなのね。……あれ? そういえば、アイツはどうしたの?」
シェリーが辺りを見渡しながら言った。
ここでいうアイツとはライアンのことである。
「ライアンさんなら、セシルさんに連れられて出かけましたよ」
「え!? セシルちゃんと? 二人っきりで?」
「はい、そうですけど」
「……いいの?」
「何がですか?」
リリアはきょとんとして言う。
「……まぁ、アナタがいいのなら、いいんだけど……」
リリアはシェリーの言わんとしていることが分からず、首を傾げた。
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「――好きなんです」
セシルがライアンに向かって言った。
ライアンはふうんという顔で「そうか」と答える。
「ここのアップルパイって、本当にりんごが瑞々しくって、噛むとじゅわっと果汁が広がるんです。私、本当に好きなんですよ」
セシルは菓子屋の店先に並んだアップルパイを指さしながら説明を続ける。
「買ってやろうか?」
「え!」
「そんなに驚くなよ」
「あ、いや、ちょっと意外で……ああ、でも、口元が汚れるので、今日は遠慮します」
「ふうん、そうか」
ライアンはさして気にすることも無く答えた。
二人は中央広場に向かう大通りを並んで歩く。
通りは人通りも多く、軒を連ねる店たちからも景気の良い声が聞こえてくる。
「この街も賑やかになったな」
「そうですね。人通りはそんなに変わっていないと思いますけど、みんな笑顔になりました」
セシルは辺りを見渡しながら嬉しそうに答えた。
「聖女様のおかげだな」
「そ、それは、やめて下さい! 結局、聖女なんかじゃなかったんですから」
「俺はあながち間違っていなかったと思うけどな、立派にみんなを導いていたぞ」
セシルは照れくさそうに顔を伏せる。
「それは、ライアンさんのおかげです」
「ん? リリアの力のおかげだろ?」
「いいえ、ライアンさんのおかげです。貴方のおかげで私は変われました」
セシルは顔を上げて、ライアンの顔をしっかりと見据えて言った。ライアンは「大げさだな」とだけ答えた。
「……ライアンさん」
「うん? なんだ?」
「あのですね……」
「ああ」
「…………」
「どうした? セシル」
ライアンはどこかぎこちないセシルの顔を覗き込む。
彼女は顔を真っ赤にしていた。
「……やっぱり、無理です」
「何がだ?」
セシルはぶんぶんと頭を振る。
そして自らの頬をぺちりと叩いて顔を上げた。
「これなら言えます。ありがとうございました!」
「どうしたんだ、変だぞ、お前」
ライアンは眉を寄せるがセシルはふふっと微笑んだ。
「ライアンさん、リリアさんを大切にして下さいね」
「う、ああ、まぁ、そうだな……」
いきなりリリアの話題を振られてライアンは困惑する。
「じゃあ、ここまででいいです。私、帰りますね」
「広場で買い物をするんじゃなかったのか?」
「ちょっと、用事を思い出しまして」
「そうか、じゃあな」
ライアンは手を振って踵を返した。
セシルも手を振りながら笑う。
――ありがとう。私の騎士様。
セシルはいつまでもライアンの背を見送っていた。
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リリアが仮住まいの部屋に帰ってくると、既にライアンも帰ってきていた。
ライアンは机の上に紙を広げて、それを見入っている。
「なんですか、それ?」
リリアがそれを覗き込む。
「これは、クリストフさんに書いてもらった地図だ」
「地図?」
「ああ、ここがクレールダルクで、その隣がザグノリアだ。それで、リアンダールはこっちの方らしい」
ライアンは簡易的に書かれた地図の中を指差しながら言う。
「どうしたんですか? 地図なんて眺めて」
「いや、これから行くところを決めるにも、地図があった方がいいだろ?」
「……やっぱり、ここを離れますか?」
「そうだなぁ、この街じゃ顔がバレているからな。契約者を探すのが難しそうだ。俺はこの国で一番の剣士、お前は大魔法使いだしな」
そう言ってライアンは窓から見える夕焼けの方を向いた。
リリアも同じ夕焼けを見ながら呟く。
「街に馴染んだら、そこを離れないといけないのは、寂しくありませんか?」
「ん? 寂しいのか? リリア」
リリアはゆるゆると頭を振る。
「私は大丈夫です。慣れっこですから。でも、ライアンさんは……ライアンさんはもっと自由に――」
「――また、その話か。俺が勝手にお前の所に押しかけているだけだから、気にするなって」
「すいません……」
リリアは謝りながら眼を伏せる。
それを見てライアンは後ろ頭を掻く。
「騎士ってのは、その国に一生仕えることを最初に約束するんだ。でも俺は国を棄てちまったから、その代わりにお前の騎士になった。今やっていることは、俺の騎士の誇りの為にやっている。だから、気にするな。あっ、でも、迷惑だったら言えよ」
「そ、そんな、迷惑だなんて!」
「じゃ、いいだろ」
リリアは口元に緩く笑みを作って頷いた。
その時、リリアは何かを思い出した。
「…………私、お姫様なのでしょうか?」
「なんだ、いきなり」
いきなり変なことを言い出したリリアに困惑するライアン。
「あ、あの、今日、シェリーさんに言われたのです。いつまでも妹の位置にいると、大事な騎士様を取られちゃうわよって。それで、今思ったのですが、騎士様が仕えるのって国というか主ですよね? ライアンさんが私の、その、騎士になるというのなら、私はお姫様にならないといけないってことでしょうか? え、でも、私、お姫様なんて……」
「お前もシェリーも何を言っているんだ?」
「ああああ、すいません。ですよね。私がお姫様なんて……」
「シェリーといい、お前といい、セシルもそうだ。お前ら、なんか変だぞ今日は」
「え? セシルさんも何か言っていたんですか?」
そう問われてライアンは、今日のセシルの様子を伝えてやった。
「――変ですね」
「そうだろ?」
うんうんとリリアは頷く。
「セシルさん、ありがとうなんて、いつも言っていますけどね」
「そうなんだよな。何をあんなにもったいぶっていたんだか」
ライアンは窓の外を見る。
夕日はもう稜線へと消えようとしていた。
「ま、いいか。もう日が暮れたな。リリア」
「はい」
「飯にしよう」
「はい!」
リリアは嬉しそうに返事をした。
純朴悪魔と押しかけ騎士。鈍感が過ぎる二人にいつもの夜が訪れる。
開けた窓から入る夜風が少し冷たくて心地よかった。
【Episode:3 ~完~】
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ここまで読んで頂き有難うございます。
またしてもリリアは魂を取れませんでした。残念ですね!!
というわけで、二人の旅はまだまだ続きます。
気になる続編は…………うーん、未定です!!
頑張ります!!




