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Episode:3 043 内戦と契約


 赤い軍服の西軍剣士が、青の剣士に斬りかかる。

 東軍の青の剣士も応戦する。


 二人は剣を打ち合わせて、空中に何度も火花をつくる。

 そして、鍔迫り合いの形になった後、互いに後ろへ飛んで距離を取った。


 二人の剣士は互いに無言で笑う。


 そして両者同時に再び剣を振り上げて、大きく踏み込んだ――。



 今、中央広場では一つの決闘が行われていた。西軍と東軍の正規軍の座を争う決闘ではない。正規軍の座は交代で務めることに決まっていた。今行われているのは、どちらの軍が最初に正規軍になるのかを賭けた決闘であった。


 そして、その審判は中立兵団の団長であるクリストフが努めていた。彼は喜色満面の顔でもって決闘を食い入るように見ている。まるで審判であることを忘れて、最前列で決闘を楽しむ観客のように。


 決闘を取り囲む観客たちの輪から少し離れた所、簡易的に作られた矢倉の上で、ライアンたち一行は決闘を眺めていた。


 ライアンとトリシアはどんな戦いが行われているのかが気になるようで、矢倉から乗り出すように見ている。


 それに対してシェリーたちは、簡易的に設置されたテーブルでお茶を楽しんでいた。


 リリアはシェリーのカップにお代わりを注ぐ。礼を言ってシェリーは対面に座るセシルを見た。彼女は目を閉じて嬉しそうな顔で座っている。


「セシルちゃん、決闘は見なくていいの?」


「ええ、私はこの歓声を聞いているだけで満足です。みんな大声で応援して、盛り上がっていて。オーブクレール、いえ、この国でこんな楽しいことが起きるなんて、夢のようです」


 セシルは笑顔で言った。


「そう、それは良かったわ」


「シェリーさん、色々と有難うございます」


 セシルは眼を開けてシェリーに言う。


「いいのよ。私の好きでやったのだから」


「でも、流石ですね。あの二人の将軍がいなくなった時のことまで考えていたなんて」


「まぁね、愚将でも居ないよりはマシって言っていたからね。国王陛下がいきなり一人で二つの軍を統率するのは厳しいけど、あのセルギウス将軍が顧問だったら大丈夫でしょう」


 アルドモン将軍とバトラン将軍は国王陛下の命により処罰されることが決まった。二つの軍は同時にトップを失って混乱するかと思われたが、それを鎮めたのは他ならぬルネ国王であった。ルネ国王は無理に西軍と東軍を一つにすることはせずに、二つそれぞれの軍の存在を認めたまま、自ら統率すると宣言したのだった。


「あとは少しずつでも西軍と東軍が一つになっていけばいいのですが」


 セシルは決闘の広場の方へ顔を向けながら言った。


「それは、あとは時間が解決してくれるわよ」

 シェリーがカップに口をつけながら言った。


「……そうですね、それでしたら、もう思い残すことはありません」


 セシルの言葉にシェリーとリリアがピクリと反応する。


「どうしました?」


 セシルは二人の方を向いて怪訝に問う。


「……契約のこと?」

 シェリーが問う。


「はい、そうです。あの決闘が終れば、西軍と東軍の争いは完璧に集結します。遂に私の願いは叶います。ですから、契約も終わりを迎える。そうでしょう? リリアさん」


 リリアが緩く微笑む。


「――そろそろ、教えてくれよ、リリア」


 いつの間にか隣に来ていたライアンが問いかけた。


「どういうこと? ライアン」


 シェリーが興味深そうに聞いてきた。その後ろではトリシアも話を聞き入っている。


「リリアの表情を見ればわかるだろ? コイツ、人の魂取る時にこんな顔をしねえよ」

 ライアンが親指でリリアを指しながら言った。


「た、確かにそうね……。リリアちゃんなら、もっと深刻な表情をするはずよね。ということは?」


 シェリーの言葉にライアンがニヤリと笑う。


「リリア、あるんだろ? セシルを救う手立てが」


 その問いかけにリリアははにかみながら頷いた。


 シェリーは花が咲いたような笑顔を見せる。


 それに対してセシルはぽかんとしている。 


「セシルさん。一つお願いがあります」


 リリアは曇りない表情でセシルに言った。



********************



「――お父さん」

 セシルは腕組みして立つクリストフへ声をかけた。


「ああ、セシルか、聞いてくれ、西軍の奴ら負けたくせに、三回勝負だっていい始めやがってよ、困ったもんだ。ハッハッハ」


「そのことなんだけどね。私に提案があるの」


「うん? 提案?」


「そう、あのね――」


 クリストフはセシルに耳を近づけて、彼女の提案とやらと聞いた。


「――おお、なるほど! それはいい案だ。街も盛り上がるし、そうしよう。そうだ、そうなると国王陛下より勅許を賜らないといけない。ちょっと行ってくる」


 そう言うと、クリストフはセシルの返事も待たずに走り去ってしまった。



****************



 しばらくして、クリストフは息を切らせながら戻ってきた。


「セシル、許可がおりたぞ!」


「ええ! もう、おりたの!?」


「国王陛下も二つ返事で了承して下さった。早速、みんなに伝えよう」


 そう言うと、クリストフは西軍と東軍が話し合っている場所へ、走って向かって行った。その後は中立兵団を使って、街のみんなを集めさせた。


 そして、街中の人と東軍西軍の兵士の前に立ち、朗々と語り始めた。



「皆、聞いてくれ! 西軍と東軍による正規軍の座を争う決闘は、街中が望んでいた内戦終結の象徴だ。そして、私はこれほど盛り上がる戦いを一回で終わらせるのは大変惜しいと思った!」


 クリストフは言葉を一旦切り、大きく息を吸う。


「そこでだ、私はこの決闘を毎年行うことをここに宣言する! そして、これは国王陛下の勅許を賜った、いわば王命である!」


 クリストフの宣言に中央広場はどよめいた。やがて人々の間から拍手が起こり始めた。拍手の音は次第に大きくなり広場を包む。誰かが喜びの歓声を上げた。それに続いて何人も歓声を上げる。

 そして、広場には大歓声と拍手の音が響き渡った。



***************



「――そういうことね。これで内戦は終わらなくなったってことね」


 広場の様子を眺めながらシェリーが言った。


 その隣でリリアは首肯する。


「はい、このお祭り騒ぎの決闘であっても、西軍と東軍の争いには違いありません。そしてセシルさんは内戦の終結を願いとしながら、この内戦の継続に加担しました。これは重大な矛盾です」


 リリアはそう言って、セシルの方を向いて手をかざす。



「セシルさん、折角ですが、貴女の魂は取れなくなりました」


 リリアの手から魔法陣が出現する。


「……リリアさん、あなたは最初からこれを……?」


 セシルは涙ぐみながら問う。


「さあ、どうでしょう?」


 リリアは笑う、さながら聖母のような慈愛をもって。



 魔法陣が波打った。

 そして中央部分に亀裂が入った。

 亀裂はみるみる全体に広がり、最後に魔法陣は粉々に砕け散った。

 破片は空中で明滅しながら消えていった。


 

 契約が破棄された瞬間だった。



「さぁ、セシルさん。これから忙しくなりますよ。まだまだ、頑張って下さいね」


 セシルの頬を涙が伝う。彼女は溢れ出る涙を拭う。


「はい!」


 満面の笑みでセシルは答えた。


 それは今まで見たことのない爽やかで屈託の無い笑顔だった。



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