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Episode:3 042 奇跡の逃走と追撃④


 ガイゼンの拳が唸りを上げて迫る。


 ライアンが辛うじてよけると、拳は後ろの壁を打ち抜いた。


 壁のレンガが積み木のように崩れる。ガイゼンはライアンに再度迫るが、フランツがそれを遮るように踏み込んできた。


 ガイゼンはフランツへと標的を変えて拳を振るう。しかし、フランツは素早い動きで間合いの外へと逃れた。


「オラ! こっちだ!」


 ライアンが剣を振り上げて、ガイゼンへ斬りかかる。


 しかし、ライアンの渾身の力を込めた一撃も軽々と弾かれてしまった。


 だが、ライアンは尚も止まらず連続攻撃に転じる。息もつかせぬ攻撃を繰り返すことにより、ガイゼンからの反撃を封じる作戦だった。


 一撃一撃が致命打になり得るライアンの剣撃であったが、ガイゼンは鉄甲で軽々と捌いていく。それはまるで大人が子どもの児戯を受け流すような光景だった。


 ガイゼンが剣を受けながら一歩踏み込んだ。ライアンの体勢が一瞬崩れ、ガイゼンの拳がかすめていった。


 しかし、ガイゼンの強烈な攻撃はかすっただけでも、ライアンの身体をよろめかせた。

 それを見たガイゼンが、もう半歩踏み込み攻撃を繰り出そうとするが、そこにフランツが割って入った。彼は牽制するかのように軽い拳打を放つと、すぐさま間合いの外へと避難した。


「ライアン、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。助かったぜ、フランツ」


 ライアンの傷を確認するフランツ。荒い息で汗を滲ませるライアンに比べて、フランツの方は涼しい顔をしている。


「どうした、フランツ。おとなしいじゃないか。怖気づいたか?」

 ガイゼンが挑発的に問うた。


「……そうですねえ。これでも、色々と考えているんですよ」


「考えだと?」


「ええ、どうやって崩そうとか、何が効くのだろうかとか、色々ですよ……」


 フランツは構えを解いて眼鏡の位置を直す。


「フランツ、考えながらやっていると命取りだぞ。俺ばっかり戦わせてねえで、少しは前に出ろ」


 横からライアンが口を挟んできた。


 そこでガイゼンは一つ違和感を抱く。


 ライアンの攻撃性にばかり目が行って、フランツの動きにあまり気を配れていなかったが、よく思い出してみると、彼の動きはひどく消極的だった。まるで倒す意志が感じられない――。



「……フランツ、貴様、時間を稼いでいるな」



「…………」

 ガイゼンの問いにフランツは答えない。


「図星か」

 ガイゼンが険しい目つきで呟いた。


「おい、フランツ、本当か? 時間稼ぎってのは?」

 ライアンの方も怪訝に問うた。


 フランツは眼鏡の位置を治しながら一つ息を吐く。


「ガイゼンさん、今使っている薬、持続時間はそんなに長くないでしょ?」



「…………」

 今度はガイゼンが黙る番だった。


「図星ですね。それだけの凶悪な力が出せる薬、持続時間が限られているのは当然。そして、効果が切れたら、もの凄い反動がくるのでしょう? だったら、私は待つだけです」


 淡々と語るフランツをガイゼンは睨みつけていた。彼のその表情がフランツの推測を確信に変えていた。


「そういうことかよ。言ってくれれば、いいのによ」


 ライアンが少し拗ねた顔で言う。フランツは笑う。


「敵を欺くには、まず味方から、ですよ」


 得意気に言うフランツ。

 しかし、彼の予想に反してガイゼンの顔が余裕の笑みへと変わっていた。


「フン、その程度で欺いたつもりか?」

 そう言って、ガイゼンが後ろへ飛んで距離を開けた。


「その小賢しい希望、絶望へと変えてやる」

 言うが早いかガイゼンは服の中から小さなビンを取り出した。


「まさか!」

 即座にガイゼンの意図に気づいたフランツは突進する。


 しかし、フランツの手が届く前に、ガイゼンはビンの中身を飲み干してしまった。


「遅い」

 ガイゼンの顔が醜悪に歪む。


 次の瞬間、フランツは吹き飛ばされた。何が起きたか理解できなかった。しかし腹部の激痛が攻撃を受けたことをものがたっている。そして、為すすべなく壁に叩きつけられた。


「フランツ!」

 叫ぶライアン。


 フランツの方へ視線をやった一瞬、その瞬間にガイゼンの姿が視界から消えた。ライアンの背筋が凍る。


 次の瞬間、背後からの回し蹴りがライアンの頭部へ命中する。そして、そのまま頭を地面に叩きつけられた。そのまま腹部にも蹴りが入る。ライアンの身体は嘘みたいに飛んで、壁に激突した。


「フハハハハハハ! どうした、時間切れまで待つんじゃなかったのか? まだ時間はあるぞ。もう終わりか、フランツ!」


 ガイゼンが勝利を確信したかのように高らかに笑う。その笑いにピクリと反応して、フランツはよろよろと立ち上がる。次いで、ライアンも身体を起こした。二人共、ダメージの深刻さが顔に現れていた。


「ほう、しぶといな」

 ガイゼンは再び醜い笑顔を浮かべる。


 その時、路地の片隅で物音がした。


 ガイゼンがそちらを見ると、リリアが物陰から姿を現していた。


「なんだ悪魔。お前の始末は後だ。そこでこいつらが死ぬのを黙って見ていろ」


 リリアはガイゼンに睨まれながらも、ぐっと奥歯を噛み締めた。


「ラ、ライアンさん。しっかりして下さい! 今、助けを呼びに行ってきます!」


 そう言って、リリアは路地の出口の方へ駆け出した。


 ガイゼンがふんと鼻を鳴らす。


「させると思うか」

 そう呟くとガイゼンは恐ろしい速度でリリアに追いついた。そのまま彼女の首根っこを掴んで投げ飛ばした。ガイゼンはリリアの首元を掴んでねじり上げる。


「面倒をかけるなよ悪魔。先に首をねじ切ってやろうか?」


「い、いいんですか? 私なんかに構っていて、時間、無くなりますよ?」


「フン、偉そうに時間稼ぎのつもりか。いくら時間を稼ごうとも、あの二人はもう終わっている。お前の抵抗も無駄な足掻きだな」


 ガイゼンはそう言って、リリアの顔を覗き込む。


 しかし、リリアは不敵に笑った。




「これでも無駄ですか」


 リリアは密かに握っていた土くれをガイゼンの顔に叩きつけた。


 土はまともにガイゼンの眼に当たり、彼の視界を完全に奪った。



「うぉぉぉぉお! クソがぁ!」

 ガイゼンはリリアを無造作に投げて、顔を手で覆う。


 リリアは地面に横たわりながらもガイゼンに向かって言う。



「貴方は二つ間違えた! 一つは私には策があったこと。もう一つは、あの二人がまだ終わってはいないこと!」


 リリアは叫んだ。しかし、それをガイゼンは遮る。


「黙れ! この悪魔が、よくも私の眼を! 捻り潰してやる!」


 目の見えないガイゼンは音を頼りにリリアを探す。地面を這う彼女の音が聞こえた。ニヤリと笑うが、次の瞬間に彼は青ざめた。


 リリア以外の音――二人分の足音が聞こえたのだ。



「誰が終わったのですか?」


「誰を捻り潰すって?」


 フランツとライアンがそれぞれ言った。


 ガイゼンは慌てて距離を取って構えを取った。


「おい、フランツ。俺は時間切れまで待つ気はねえ、今のアイツを叩きのめす」

 ライアンはフランツに向かって言った。


「奇遇ですね。私も今、そうしたい気分です」

 フランツも眼鏡を直しながらそう言った。


 ガイゼンは未だ視界の戻らない眼を声のする方へ向ける。


「貴様ら……」


「行くぞ、ペテン野郎」


 ライアンはそう言って踏み込む。同時にとフランツも動いた。あっと言う間にガイゼンとの距離を詰めて、二人は攻撃を開始した。


 ガイゼンは音を頼りに回避を試みるが、二人がかりの猛攻の前には無駄だった。


 的確に急所を狙い攻撃を叩き込んでいくライアンたち。薬で肥大化した筋肉であっても、その攻撃を無力化できず、着実にダメージを与えていた。


 しかし、ライアンたちの攻撃も長くは続かなかった。ガイゼンに与えられたダメージは決して小さくなく、常人ならば死にいたってもおかしくはない。そんな傷で再び剣と拳を振るっているのは奇跡に近かった。


 ライアンたちの攻撃の鈍りを感じたガイゼンは口角をあげる。


 彼はこの短時間でライアンたちの攻撃に耳で反応し始めていた。そしてそれに加えて、攻撃が鈍ってきたことが、彼の予測の精度を上げる。


 ライアンの剣を腕の鉄甲で弾き、フランツの蹴りは飛び退って回避した。まるで見えているかのようにガイゼンは攻撃を防いだ。


 ガイゼンは嗤う。ライアンとフランツの位置は、今のやり取りで完璧に把握した。

 細かい急所の位置までは分からないが、体当たりをかましてやれば、奴らはきっと倒れる。



 そう思って踏み込んだ瞬間――。


 彼の肩口に剣が深々と突き刺さった。


「馬鹿な!」


 ガイゼンの耳にはライアンの踏み込みは聞こえていない。


 そもそもここは奴の間合いの外のはず。なのに、何故剣が。

 ガイゼンは剣を触って悟った――この剣は投げられたのだと。


 ライアンは音で気取られない様に剣を投擲していた。そして、彼はガイゼンでは無くフランツに向かって走る。



「背中、借りるぜ、フランツ」


 ライアンはそう言って、フランツの背中を駆け上がり、空中へと跳んだ。


 ガイゼンの方は何が起きたか分からない。


 ライアンの足音がフランツと重なった後に、完全に消えた。


 次の瞬間、顔面に大砲のような衝撃が来た。


 ライアンの飛び蹴りが炸裂していた。




 着地したライアンは精魂が尽きたように座り込む。


「あとは頼む。奇跡監査官」


 それに応えるようにフランツは距離を詰めて拳を構える。


「くそが! わ、私が、こんな所で!」

 それがガイゼンの最期の言葉だった。


 フランツの連撃がガイゼンの正中線全ての急所を打ち抜いた。

 絶命には至らないものの、彼の意識は完全に刈り取られ、大の字になって地面へ倒れ込んだ。


「……やれやれです……」


 そう呟いて、フランツは乱れた眼鏡の位置を直すこともせずに、その場にへたり込んだのだった。



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