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Episode:3 042 奇跡の逃走と追撃③


 エバンジュの強烈な蹴りがリネットに襲いかかる。彼女は腕でガードしたにも関わらず後ろの壁へ叩きつけられた。


 よろめくリネットへ追撃の蹴りが迫る。リネットは咄嗟に顔面をガードする。


 しかし、そこへは蹴りは飛んでこず、彼女の腹にエバンジュの拳がめり込んだ。


「ガハッ!」

 うめき声が口から漏れた。悶絶するほどの痛みに耐えるリネット。その彼女の横っ面をエバンジュが拳で引っ叩く。


 リネットの膝が落ちて、彼女はついに尻もちをついてしまった。


 エバンジュは長い金髪をかきあげた。彼の顔は嗜虐的な笑みに歪んでいる。そして彼はリネットの髪の毛を掴んで、顔を無理やりに上に向けさせた。


「ほら、どうした? 最初の勢いはどこへいった?」


 リネットは口の端に血を滲ませながらも、エバンジュを睨みつける。


 その顔を見て、エバンジュは再びリネットの顔を殴打した。


「その眼が気に入らねえんだよ。弱えくせに強がってんじゃねえ。おら、泣けよ。泣きわめいて命乞いしてみろよ!」


 エバンジュはリネットの身体を蹴る。何度も何度も。


 その度にうめき声を上げるリネットだが、決して逃げようとしなかった。


 息を荒げながら、エバンジュは再び髪をかきあげる。彼の額には汗が浮かんでいた。


「チッ、面倒くせえ」


 自分の思い通りの反応をしないリネット。彼女に興味が失せたエバンジュは立ち去ろうと踵を返した。


 しかし、その彼の足首が掴まれた。見ると地面に這いつくばりながらもリネットが掴んでいた。


 彼女は未だ光の衰えない瞳でエバンジュを睨みつけて叫ぶ。


「……な、泣かない、私は泣かない。私は、お、お前を、逃さない!」


 エバンジュの額に青筋が浮かぶ。


「……ああ、もういい、死ね」


 エバンジュは懐からナイフを取り出して振り上げた。



 その時――。


「――待ちなさい!」


 鋭い声が空間を貫いた。


 エバンジュが振り返ると、そこには金髪を一つの三つ編みにした女が居た。


 彼女はリネットと同じく奇跡監査官の制服を来ている。


「なんだ? お前。コイツをぶっ殺したら相手してやるから、そこで順番待ちしてな」


「そうはさせません。その娘は私の後輩です」

 金髪三つ編みの女が言った。


「あ? だから、なんだ? 俺が殺すって言ったら殺すんだよ。お前はそこを動くなよ。動いたら、こいつがもっと苦しむぜ」


 エバンジュはリネットにナイフをつきつけながら、醜く嗤った。




「――お前が苦しめ」


 エバンジュの真後ろから声がした。


 氷のような冷たい女の声。エバンジュの背筋が一瞬で凍りついた。


 次の瞬間、彼の長い金髪が掴まれる。そしてそのまま、彼は投げ飛ばされた。ちぎれた金髪のついた手をはたきながら、投げ飛ばした女は口を開く。


「エマ、今のうちだ、この娘を」


 その声よりも早く、金髪三つ編みの少女――エマはリネットに駆け寄っていた。


「大丈夫ですか? リネット」


「エ、エマ、先輩……?」

 腫れたまぶたでリネットはエマの顔を見る。


「よく頑張りました。貴方の足止めのお陰でアイツを追い詰められました」


 それを聞いたリネットは安心したような顔をして気を失った。


「だ、大丈夫?」

 どこから現れたのか、金髪碧眼の美女がリネットの顔を覗き込む。


「大丈夫です。気を失っただけです。シェリーさん。彼女を頼めますか?」


「任しといて」


 金髪碧眼の女はシェリーだった。

 彼女はリネットの身体を抱えて安全な場所への退避を始めた。


「トリシアさんも有難うございました。後は私がやります」


 エマは仁王立ちでエバンジュを監視している銀髪の女――トリシアに声をかけた。


「……エマ、一人でやるのか?」

 トリシアがエバンジュから視線は外さずに言った。


「もちろんです。後輩をあそこまでされました。私以外の誰がやるというのですか」


「いい心掛けだ。だが、あの娘――リネットは何を望んでいると思う?」


「私にアイツをブチのめして欲しいはずです。そこをどいて下さい。奴が動きます」


 エマは身体を内側から焼くほどの闘志を滾らせて前にでる。


 ちょうど同じタイミングでエバンジュも立ち上がる。



「ハッ、また女かよ、面倒くせぇ――――――――グハッ」

 エバンジュの言葉が遮られ、彼の身体がくの字に曲がった。


 エマの突きが深々と腹に食い込んでいた。腕を引き抜いたエマは再び拳を振りかぶる。


「て、てめえ……」


 腹をおさえながらエマを睨みつけるエバンジュ。


 しかし、その顔面をエマの拳が打ち抜いた。


 渾身の力を込めた一撃。エバンジュはうめき声をあげることもできずに地面を転がった。


「……立ちなさい。リネットの痛みを味あわせてあげます」


 エマはエバンジュに悠然と近づく。


 エバンジュが地面に寝転がったまま、後退りする。


「ま、待て……」


 彼はエマに向かって手の平を向ける。彼の指には銀色の指輪がはめられていた。


「エマ! 油断するな!」

 トリシアが叫んだ瞬間、エバンジュの手の平が眩い光を発した。


 エマは咄嗟に後ろへ距離を取って迎撃の構えを取った。しかし攻撃は来なかった。戻った視界でエバンジュを見ると彼は更に後退って距離を取っていた。


「逃がしませんよ」


 エマが言うと、エバンジュは不敵な笑みを作る。


「誰が逃げるかよ」


 エバンジュはそういうと小さなビンを取り出した。そしてその中身をあおる。空きビンを投げ捨てた彼は舌なめずりをした。


「身体が痛くなるから、使いたくなかったがな」

 次の瞬間、彼から強烈な圧迫感が発生した。そしてメキメキと音を立てながら、彼の身体が肥大化していく。膨れ上がった殺気から、先程までの彼とは違う存在になったのは明らかだった。



「おぉぉおおおおお!」


 血走った眼でエバンジュが叫ぶ。


 じわりと汗が滲むのを感じながら、エマは拳を握り直した。



「――エマ。さっきの質問をもう一度だ」


 落ち着き払った声でトリシアが言った。目の前のエバンジュの変貌を一切気にしていないようだった。


「あの娘――リネットは何を望んでいる?」


「トリシアさん、後にしてもらえますか」


 エマは目の前のエバンジュへの警戒を解かずに言った。


 トリシアが大きく息を吐く。


「アイツをブチのめすのは賛成だ。それはあの娘も望んでいるだろう。しかし、それはお前一人でやって欲しいわけじゃないはずだ。何を使おうと誰がやろうとも、確実にアイツを仕留めること、それが最後までアイツを逃さなかったあの娘の望みだ」


「…………」

 エマはなんとなくトリシアの言う事の意味を理解し始めた。



「つまりは、あのゲス野郎を――――――私にも殴らせろってことだ」


 トリシアはそう言って剣の柄に手をかけた。



「目の前のこと理解できていますか? 先程までとは明らかに違いますよ」


「だからこそだ」


 トリシアは剣を抜いた。白銀の刃が日に照らされて輝く。


 エバンジュが天を仰ぐようにして大きく息を吐いた。


「ごちゃごちゃと、お喋りは終わったか女ども。もう手加減はできないぞ」


 弾かれたようにエバンジュが動いた。彼は一直線にエマへ向かってくる。


 しかし、横合いからトリシアが斬りかかった。エバンジュはそれを紙一重でかわして、間合いを開けた。だが、トリシアの剣は止まらない。当たらないこともお構いなく、連続攻撃でエバンジュを攻撃する。


「チッ」

 エバンジュは反撃の拳を突き出す。しかしそれを予見していたトリシアは間合いの外だった。しかし、エバンジュは信じられない鋭さでトリシアへと踏み込む。彼の拳撃がトリシアに迫る。


 だが、今度は横合いからエマの拳が飛んできた。彼女の拳はエバンジュの横っ面をかすめるが彼は怯まない。


 無造作に振ったエバンジュの腕にエマの身体が弾かれた。そして、そのままトリシアにも腕を振るう。しかし、またもや彼女は間合いの外だった。


 その隙にエマは立ち上がり拳を構えた。


 それを見てトリシアが口を開く。


「生半可な攻撃は効かない。動きを止めるな。ヤツの間合いにとどまるな」


「ごちゃごちゃと!」

 エバンジュはトリシアへと突進する。


 トリシアは大きく間合いを取って、余裕を持って回避した。


「速さと力はかなりのものだが、技術が伴ってなければ当たるわけがないだろう。どんな攻撃も当たらなければ意味がない」


 そう言うと、トリシアは鋭く間合いを詰めて、再び連続攻撃を繰り出す。あらゆる角度から剣撃を放って相手の動きを封じる。


 そして、その隙を狙ってエマも大きく踏み込んだ。


「馬鹿が!」

 エバンジュの指輪が瞬く。

 しかし、次の瞬間、トリシアはそれを手ごと握りつぶした。


 苦悶するエバンジュにエマの一撃が命中した。当たりは浅かったがエバンジュを後退させるのには成功した。


 更に迫るトリシアとエマ。


 たまらずエバンジュが間合いを取った。


「言っただろう、技術が伴っていないと。奥の手を何度も見せること、その為の仕掛けを無防備にさらすこと。それらも含めて戦闘技術だ」


 トリシアが淡々と言葉を連ねる。


 しかし、歯噛みしながらもエバンジュは笑みを見せた。


「だったら、どうした? 偉そうに言うが、貴様らの攻撃も当たらない現実をどうするつもりだ?」


「…………」


「返す言葉も無いだろう!」


 そう言ってエバンジュが突進しようとした瞬間、機先を制してトリシアが間合いを詰める。そして、またしても嵐の様な連続攻撃を繰り出した。しかし、エバンジュは驚異的な速さでもってそれを全て避けきった。


 そして、トリシアが連続攻撃の終わりにエバンジュの拳が襲いかかる。しかし、その瞬間、彼の脇腹に衝撃とともに激痛が走った。見るとトリシアの蹴りがカウンターで入っていた。


 肥大化した筋肉の鎧にもダメージが通ったらしく、エバンジュは脇腹を押さえて後退する。


 そこへトリシアが連続攻撃の構えを見せる。先程から何度も見せている、上段からの切り落としの型だ。そして先程と同じように、エバンジュは間合い外へ逃げようとした。


 次の瞬間、トリシアからの刺突が飛んできた。


 剣は狙い過たず、エバンジュの肩を貫いた。


「グギャア!」

 激痛にエバンジュは醜い悲鳴を上げた。

 彼は血が滴る肩口を押さえて、トリシアを睨みつけた。


「ど、どうして、いきなり攻撃が」

 トリシアがふっと笑う。


「また、説明が必要か? 最初、お前は私の攻撃を避けているつもりだったんだろうが、私としてはあれは見せていたんだ。私の構えと速さと力と攻撃のパターン、それらをお前に印象付けさせていた。つまりはお前の予想と予測を絞らせてもらった。後は簡単だ。その狭い予想の範囲外の攻撃をすればいいのだからな」


 全てはトリシアの手の平の上だったことに気づいたエバンジュ。

強烈な憤怒の感情が彼の身体を駆け巡る。


「クソがぁああああ!」

 エバンジュは叫びながら突進してきた。


「無策だな」

 トリシアは顔面に拳を叩き込んだ。

 のけぞるエバンジュを前にして、彼女はそのまま背を向けた。


「とどめは譲る、エマ」


 大きく拳を振りかぶったエマの拳が脇腹にめり込む。


 先程トリシアに蹴られた箇所だ。

 

 たまらずエバンジュはガードするが、今度は貫かれた肩を打たれた。


 エバンジュは激痛に顔をしかめるが尚も倒れない。


 エマが再び拳を振り上げる。エバンジュは肩と脇腹をガードする。


 しかし、エマから拳は飛んでこず、視界外から顎を蹴り上げられた。


 予想外の箇所への予想外の攻撃。


 エバンジュはうめき声を上げることなく、その場に崩れ落ちた。エバンジュが動かなくなったのを確認して、エマは汗を拭った。


「予想外とは作るもの。そうですね?」


 エマはトリシアに向かって言った。


「上出来だ」


 トリシアが緩く微笑んだ。



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