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Episode:3 040 奇跡の逃走と追撃①


 街路裏を走っていたガイゼンは、ふとその足を止めた。

 目の前と左右には壁がある。そこは袋小路だった。

 彼はゆっくりと振り返った。そして、嗤いを浮かべた。


 ガイゼンの目の前には、退路を塞ぐようにライアンが立っていた。


「もう逃げられねえぞ」

 ライアンは嗤いながら言った。


「追い詰めた、と思っているのなら、おめでたいな」

 ガイゼンが周囲の壁を見渡しながら言った。


「あん? 逃げた奴が何を言ってんだ?」


「ここなら、叫び声も聞こえないだろう」

 ガイゼンがそう言って拳を構えた。

 そして足を前後に広げて半身になり、腰を深く落とした。


「ああ、お前さんの叫び声がな」

 ライアンも腰から剣を抜く。そして重心を落とした低い構えを取った。


 先に動いたのはガイゼン。


 短く鋭く息を吐いて地面を蹴る。一瞬で間合いを詰めて中段突きを放った。


 ライアンはバックステップしてかわすが、そのステップと同じ速さでガイゼンは距離を詰めてきた。追撃の中段突きが迫る。


「チッ」

 ライアンは躱しながらカウンターで左拳を突き出した。


 それを察知したガイゼンが突きを止めて、後ろへ距離を取った。


 しかし、その間合いは剣の間合い。ライアンの袈裟斬りがガイゼンを襲う。


 超人的な速さで繰り出されたライアンの一撃。それをガイゼンは腕で受けた。


 ガキンと金属同士のぶつかる音。


 剣を弾かれたライアンは思わず距離を取った。


「素手かと思ったら、その服の下、なにか仕込んでいるな」

 ライアンの言葉にガイゼンは口角を上げる。


「ただの鉄甲だ。こんなものすら斬れないとはな。偉そうな口の割には、腕はナマクラのようだ」


「へッ、安い挑発だな」


 ライアンはギリッと奥歯を噛んで突っ込んだ。彼の剣は唸りをあげて、嵐のような連続攻撃を繰り出す。褒められた形では無いが、的確に急所を狙う剣撃たち。


 ガイゼンが腕の鉄甲で弾きながらも、圧力に押されてじりじりと後退をする。


 やがて彼は壁の間際まで後退してしまった。


 ライアンの眼が獰猛に光る。彼が大きく剣を振り上げた瞬間、ガイゼンの身体が弾かれたように右に飛んだ。


 そして彼は右側の壁を蹴りながら移動する。それはまるで垂直の壁を走っているかのようだった。


「!」

 相手の思わぬ機動に虚をつかれたライアン。彼に一瞬の隙が出来た。


 空中からのガイゼンの回し蹴り。辛うじてガードしたものの、ライアンの身体は大きく吹き飛ばされた。


 着地したガイゼンが口角を上げて嗤う。


「さっきも言ったが、追い詰めた、と思ったなら、おめでたいな」


 服の土を払いながら起き上がるライアン。


「ガードされたくせに、何を偉そうに言ってんだ」


 ガイゼンの挑発を気にもとめずにライアンは言い返した。


「へらず口が……」


「お互い様だ」

 ライアンは剣を低く構える。ガイゼンもそれに応じて拳を構えた。



*****************



 場所は変わって閑散とした裏通り――。


「――待ちなさい!」


 リネットが叫びながら走る。 彼女が追いかけているのは、長い金髪をなびかせてはしる青年――エバンジュだった。


 エバンジュがちらりと後ろを振り返った。そして追いかけてくるのが、リネットだけだと確認すると足を止めた。


「諦めましたか」


 リネットも立ち止まった。しかし、エバンジュは何も言わずに、無表情でこちらを見ているだけだ。


「すっかり、騙されましたよ。貴方は天使なんかじゃない」


 エバンジュは緩く微笑んだ。


 しかし次の瞬間、彼は醜悪に顔を歪めた。


「フハハ! ギャハ、ギャハハハハハハハハハッ!」


 先程までの彼の姿からは想像できない、耳障りな笑い声が通りに響いた。


 エバンジュのおぞましい変貌ぶりにリネットは顔をしかめる。


「そ、それが、貴方の本性だったんですね」


「本性? ああそうだ! ガイゼンめ、こんな面倒くさい役回りを押し付けやがって、やっと解放されたぜ!」


「当然と言えば当然ですが、やはりグルなのですね」


「ギャハハハ! 何を偉そうに言っているんだ小娘が。お前、俺の本性を暴いてどうするつもりだ? 自分で何も考えることもせずに、人の考えを鵜呑みにして、ただ従い、後ろをついて歩くだけのお前が! 俺を追いかけて何をするつもりだったんだ!」


 口汚く罵られてリネットは歯噛みする。


 しかし、彼女は奥歯を食いしばり、拳を構えた。


「奇跡を騙った罪、そしてこの国を騙した罪を償ってもらいます!」


 次の瞬間、エバンジュがこちらに手をかざす。


 そしてその手の平が眩い光を発した。


 目くらましだ。リネットは瞬時に警戒して、咄嗟に顔面と腹部をガードする。


 そのガード越しに強烈な蹴りを浴びせられた。


 大きく仰け反りながら、後退をするリネット。構え直しながら前を向くと、エバンジュがこちらを見ながらニヤニヤ嗤っている。


「お前、天使役が弱いとでも思ったか? お前ごとき半端者の拳が俺に届くと思うか」


 リネットはエバンジュを睨みつける。


「や、やってみないとわかりません!」


 リネットは地面を蹴って、猛然とエバンジュへ突進を敢行した。


「ギャハハッ!」


 嗤いながら、エバンジュも応戦の構えを見せた。





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